Epilogue『報告』
海志幇との抗争の後、我々は崩壊した拠点を放棄し、新たな拠点を構える事となった。
既にファミリーや他組織など多方面から報復を受けている海志幇は弱体化し、昔の威厳は見る影もない。
日本で特筆するような動きも見られず、護衛対象の安全も確保されている。
諜報担当の流浪者であったエミリオ・モンターレを失った事で人員不足の問題は振り出しとなったものの、海志幇が力を失った事で護衛対象を狙う影も消えた。
その為人員補充の緊急性はなし。
ただし長期的に見れば必ず必要といえる状況である事は間違いない為、検討を願う。
また件の流浪者レイ・シアの経過について、現状暴走の兆候はなし。
能動的な行動はあまり見られないが指示に従うだけの知能・理性は残されていると判断。
前述した人員不足の問題もある為軽率な判断は控えるものとし、経過観察を継続するものとする。
また、異動願いの件について――
***
新たに構えられたレーナや構成員の住まい。
住む場所は変われど、建物は相変わらず立派な洋館だ。
その一室でパソコンと向き合っていたルカは扉のノックを聞いて作業の手を止める。
「はい」
「ルカ? わたし」
扉を開ければランドセルを背負ったレーナが立っている。
レーナはどこか上機嫌で微笑んでいた。
「ああ、今日はお昼までの日でしたか」
「うん。ただいま」
「おかえりなさい」
「お仕事?」
「ああ、はい」
扉の隙間から中を覗き込んだレーナは机に開かれたままのノートパソコンを見やる。
「邪魔した?」
「いいえ。急ぎではありませんし、もうそろそろ終わりますから」
「そう。……あのね、ルカ、わたし――」
「ルカさん!」
何やら俯いてもじもじとし出したレーナ。
その声を遮るように遠くからイザベラが声を上げる。
彼女は何やら興奮した様子でルカの部屋へ近づいていた。
「聞いてくださいルカさん」
「……なんですか、イザベラさん」
「レーナ様、なんと……!」
「ちょ、ちょっと、イザベラ……っ」
「学校でお友達ができたそうなんですよ!!」
「っな……!」
「い、イザベラ!」
嬉しそうに破顔するイザベラの声にルカは唖然とする。
話題に出された当の本人は顔を真っ赤にさせて慌てふためいていた。
「私が言いたかったのに……!」
「あら、ごめんなさいレーナ様。私ったらすごく嬉しくってつい」
「……本当ですか?」
「……うん」
ルカは小さく息を吐く。
引っ越してからというもの、レーナはきちんと小学校へ通うようになった。
彼女の様子を窺うに、悪くはない生活を送っているとは踏んでいたが、友達ができたという報告を受けるのは初めてのことであった。
「今度、うちに呼ぶの」
「いいですね」
「うん。紹介するね」
「はい」
「ほらほら、レーナ様! お友達のお話、もっと聞かせてください。アルノルドさんがお料理作ってくれましたから、みんなでお昼にしましょう!」
そう言うや否や、イザベラは物言いたげにルカを見る。
何が言いたいのかを悟ったルカは小さく肩を竦める。
「パソコンを閉じたら向かいます」
「ええ、そうして頂戴」
「ルカはすぐ働き過ぎるから、見張らないといけないものね」
「レーナ様まで……」
「ではレーナ様、先にお荷物を置いて手を洗っちゃいましょう」
「うん」
レーナはイザベラに連れられて足早にその場を去る。
ランドセルを背負い、朗らかに笑う彼女の後ろ姿は普通の小学生と変わらなかった。
***
「不服そうだね」
「いいえ、そんな事は」
イタリア某所、来日前。
レーナの護衛の詳細を聞いたルカは内心で不満を爆発させながらもそれを押し留めていた。
「ただ俺は母国がこちらですし、お世話になっている方々も本拠地であるイタリアにいますから……。恩に報いるという意味でも直接的にお役に立てるここでの任務を気に入っていまして」
「まあ、君ならそう言うだろうと思ったがね。そういう事であれば是非とも期待されているものを結果で示してくれ。そうすれば……昇進と共にこちらへ戻る事もできるだろう」
そう言って上司は微笑む。
与えられた任務の内容自体はそう難しいものではない。
故にイタリアへも早い段階で戻れるかもしれないと、この時のルカは踏んでいた。
***
そして今――シアが生きているとはいえ、レーナの護衛とズールイの殺害、海志幇の壊滅に大きく貢献した実績をルカは持っている。
この結果を主張し上へ申告をすれば昇進やイタリアへの帰国を許される可能性もある。
ルカは開きっぱなしのパソコンを見下ろす。
書きかけの報告書。その最後の文面を見つめて息を吐いた。
彼は静かにキーボードを叩く。
そして報告書を締めるとそれを保存し、メールを送信する。
メールの画面を閉じ、報告書の元データの右上へカーソルを合わせる。
――また、異動願いの件については見送りとし、現状の任務の遂行、課題改善に努めるものとする。
下部にそう書かれた画面を閉じた時。
離れた場所からルカとシアを呼ぶ声が聞こえる。
「はいはい」
その騒がしさに苦笑しながらルカはパソコンを閉じる。
廊下を歩いていると階段でばったりとシアと出会す。
「お昼だそうですよ」
(あの一件以降も、シアさんは姿を消していない)
二人は並んで食堂へ向かう。
相変わらず何を考えているのか、何も考えていないのか、汲み取れない空虚な表情。
それをルカは盗み見る。
(『笑って』……本人が言った通り、シアさんはレーナ様が心から笑える事を望んでいる。恐らくは……自分が消えた後もそうあれるようにと)
ルカの推測が正しければ、シアはまだ暫くは現世に残るつもりなのだろう。
いつの日か自分が去った後もレーナが笑って前を向けると確信できる、その日まで。
そしてその未来はきっとそう遠くはないのだろうとルカは思った。
食堂の扉を開ける。
中には食事を配るイザベラとアルノルド、そわそわとした様子で席についているレーナがいる。
レーナが二人の名前を明るく呼んで笑い掛ける。
イザベラやアルノルドにも座るようにと促され、ルカはシアに目配せをすると共にテーブルへと向かった。
(この先もし『その時』が来たら……きっと願ってしまう。俺も、他の人達も……シアさんや、エミリオさんのように)
穏やかな昼下がり。
少し豪勢な昼食を食べ、談笑する彼らの本性や立場は一般人のそれではない。
だがこの歪で心地よい関係性が何よりも尊いものだと、この場の誰もが悟っている。
(二度目の生を……仮初の生を掴んででも、戻りたいと)
そんな、大切な場所。
それが世界規模の大組織ラフォレーゼファミリーが秘密裏に設立した少女の保護施設兼教育施設。
――ルカ・ヴァレンテの新しい居場所だ。




