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Case17-3.『小さな命がみせた夢』

 ぽつりと、頭上から声が降る。


 泣きじゃくっていたレーナはゆっくりと目を見開き、呆然とシアの顔を見上げる。


 彼女を見つめ返す眼差しはとても優しくて、描かれた微笑は暖かい。

 レーナはそれを視界に留めたまま動きを止める。

 それから何秒か遅れて、彼女の頬を大粒の涙が溢れ出す。


 レーナが何度もそれを拭おうとも流れる雫は止まらない。

 やがて小さな嗚咽と共に彼女はその場に崩れ落ちた。


「ばか」


 蹲った彼女に付き合うように、シアもしゃがむ。

 そして彼は顔を上げる事を促すように彼女の頬に触れると、長い指で涙を丁寧に掬い上げる。


「………………っばかぁ……っ」


 声を上げて泣きじゃくるレーナが落ち着くまで、シアはずっと彼女を抱き寄せていた。




「…………そう、か」


 レーナとシアを遠目に見つめながらルカは呟く。


(シアさんが海志幇……ズールイに執着していたのはレーナ様にとって危険因子だったから。それは間違いない)


(けど……そもそもレーナ様の危険を排除しようとする動きはレーナ様を大切に思っているからこそ……そして、レーナ様の傍にい続けていたのだって)


 シアの心残りとして当初自分が挙げた二つの可能性。

 そのどちらもがハズレであった事をルカは悟る。


 思い返してみれば、あまりに単純で明白だった。

 そしてあまりに単純で、一見すれば些細な願いのようにしか思えない。

 だからこそ、彼の本当の想いを見落としていた。


「……まだ、初級止まりですかね」


 ルカは苦く笑いながら空を見上げる。

 空では無数に散りばめられた星々がルカ達を静かに見下ろしていた。



***



「そういえば、何をしたの?」

「え?」


 後部座席にレーナとシア、助手席にルカを乗せてイザベラは車を走らせる。

 暫く車を走らせた頃、イザベラはルカへ話を振った。


「ズールイに」

「……ああ」


 ドローンで様子を見ていたからこそ、突然取り乱したズールイの様子が気になったのだろう。

 イザベラの問いの意図を悟ったルカは新しいラムネの容器を開けながら話す。


「大した事はしてないです。ズールイは能力以外は普通の少年とそう変わらないですから、情報量と速度で押し切ろうとしたというか」

「ああ、幾つも同時に考え事をしたりとかって事?」

「そうですね、フェイクを入れたりとか。あとは一つの文章で言語を細かく切り替えたりとか。日本語、イタリア語、韓国語を一文の中に織り交ぜる……みたいな…………なんですか、その顔」

「…………いいえ、続けて」


 話をするうちにイザベラの顔が苦々しいものへとなっていくのを感じながらもルカは話の続きを促される。

 彼は開封したラムネを一度に口へ流し込んでから続けた。


「ただ、ズールイがどの言語を会得しているのかは不明でしたから念には念をと思って」

「思って?」

「作りました」

「……何を?」

「言語を」


 食べきれなかった分のラムネを流し込み、再び咀嚼するルカ。

 彼は相変わらず涼しい顔をしていた。


「とはいえ時間もありませんでしたから、簡単な規則を用いた本当に簡易的なものです。ただ用いる時に思考が母国語に戻っているようじゃ意味もないですし、考えているせいで他が疎かになったりタイムロスを喰らうのでは本末転倒ですから、無意識レベルで扱えるようにならなければいけなくて。どちらかといえばそちらに時間と労力を割かれましたね」

「まさかとは思うけど、部屋の中に散らばってた夥しい量の文字列が書かれた紙って」

「暗記用ですね。物覚えがいいので普段は一度見ればある程度覚えられるんですけど、今回は流石に。

……ああいう事はすごく久しぶりにしましたね」


 自分の手にできたペンだこを眺めるルカ。

 彼の横顔を盗み見ながらイザベラは深い溜息を吐いた。


「貴方って、気持ちが悪いわ」

「一応これでも功労者だと思うんですけど。何故悪口を言われているんですか――」

「どうかした?」


 突然の罵倒に異を唱えていると、ふとルカが顔を顰める。

 彼は目頭を強く揉み、何かに耐えていた。


「すみません、少し休んでもいいですか」

「いいけど。何、どこか悪いの」

「いや、怪我が痛むってより……流石に頭使いすぎて…………その上糖分を過剰摂取したので」

「ああ……」

「すみません……」


 先程から山のようにラムネを食べていた様子を思い出し、イザベラは呆れながら相槌を打つ。

 血糖値の急上昇に耐えきれなかった彼はそのまま一瞬にして意識を飛ばす。


「……全く」


 普段の可愛げのなさからは考えられないようなあどけない顔で眠るルカを見てイザベラは苦笑する。


「才能を酷使して寝ちゃうって……レーナ様と変わらないじゃない」


 後部座席ではレーナを膝の上に寝かせたシアが窓の外をぼんやりと眺めている。

 くすりというイザベラの笑う気配は彼の耳にだけ届くのだった。

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