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Case17-2.『小さな命がみせた夢』

「本当に行くの?」


 真夜中。

 玄関へ向かう俺を止めたのは同じくらいの歳の青年だった。


「ええ。拒否権はないでしょうからねぇ」


 彼はあの少女と少し似ていて、この世界に似合わない素直な青年だった。

 いつもと同じ笑みを貼り付けてみせるが、複雑そうな苦い笑みが返される。


「お揃いになっても仲良くしてくださいねぇ」

「縁起でもないこというのやめてよ〜。お騒がせ者はボクだけで充分だよ……あ」

「そそくさと逃げるものだと思っていたけれど」

「イザベラさん」


 遅れてやって来たのは職場の上司二人だ。

 皮肉を込めるメイドを初老の男性が嗜める。


「いやぁ、心配してくださっているんですねぇ。わざわざ見送りに来てくださるなんてぇ」

「ほんとこの子嫌いだわ。皮肉が全然効かないんだもの」

「俺は好きですよぉ、イザベラさんとお話しするのも」

「あら心にもない言葉、どうもありがとう」

「イザベラさん……」


 男性が困ったように眼鏡を押し上げる。

 メイドの言葉にはやや棘があるが、彼女の本音はなんとなく推し量る事ができる。

 だからこそ特段嫌な気持ちにはなってない心境を彼も悟っているのだろう。

 男性は口では嗜めながらも言及しようとはしなかった。


 その後、沈黙が流れる。

 いつまであれば任務で出る時に見送りがあれば「気を付けて」など相手の身を案じる言葉がある。

 しかし今回は誰も何も言わなかった。

 誰もが知っていた。

 俺がここに生きて戻っては来られないということを。


「じゃあ」


 俺は扉に手を掛ける。

 その時だ。

 玄関へ近づく新しい気配に気付いて俺は動きを止めた。


 例の少女だ。

 寝巻きに身を包んだ少女は眠そうに目を擦りながら辺りを見回す。


「レーナ様」

「みんな……シア?」


 青年が驚いて彼女へ近づく。

 彼が部屋で寝るように促そうとするも、それより先に少女は俺を見つける。


 もしかしたら普段とは違う場の空気に勘づいていたのかもしれない。

 彼女は俺の前まで歩み寄る。

 俺もまた、彼女の正面まで近づいた。


「どこか行くの?」

「はい、お仕事に」


 俺は少女と目線を合わせるようにしゃがむ。

 そしてその顔を覗き込んだ。

 少女は甘えるように俺の手を握る。


「……すぐ帰って来る?」

「はい」


 少女の後ろで様子を窺っていた三人の顔が曇る。

 それに気付かないフリをしながら俺は頷く。


 夜中で心細かったのか、少し前に読んでしまった怪談でも思い出したのか。

 少女は不安そうに瞳を潤ませていた。


「どうしたんですかぁ、もう」

「さみしい」

「大丈夫ですってぇ。きちんといい子にして寝ていれば、す〜ぐ帰って来ますからねぇ」


 少女の頭を撫でてやるも、彼女は暫くは涙を溢しながら駄々を捏ねた。

 しかし最後には鼻を啜りながらも渋々頷いた。


 こういう時、嘘が得意で良かったと思う。

 俺が生きている間に、彼女が俺のせいで傷つくことはないだろう。




(やはり、一人は無謀でしたねぇ……)


 致命傷を負い、いつ命を落としてもおかしくない状況。

 目の前には愉悦に浸る少年が立っている。


 死は免れない。


(まぁ、やれるだけはやりましたし……あとは、皆さんにお任せしましょうかねぇ)


 最後に勝ち誇って得意げにしている少年の鼻でも叩き折ってやろうと俺は笑う。

 そして隠し持っていたスイッチを取り出すと少年の目の前で押した。


 辺り一面が炎の海に包まれる。

 爆発で飛び散る瓦礫と炎、周辺の設備が崩落する音に包まれながら俺は目を閉じる。


(……ああ)


 閉じた瞼の裏、過ぎるのはやはりあの小さな少女の姿だ。

 彼女が笑っている姿はどれも愛しかったが、中でも鮮明に思い出されたのは俺が初めて植物を枯らさずに育てた時のことだ。

 咲いた一輪の花を見て俺を揶揄いながらも喜ぶ彼女の姿。他人の事でこうも無邪気に笑える彼女の心が眩しかった。

 同時に、何故か頑なに園芸を勧めようとする彼女にもう少し付き合ってもいいと思えたものだ。


(そういえば、最後に見たのは泣き顔でしたか)


 惜しい事をしたと、この時になって思った。

 別れ際に泣かせて来てしまった彼女はきっと、また俺のせいで泣きじゃくるだろう。


 赤髪の青年が死んだ時のように、きっと彼女は沢山泣く。

 そして嘘を吐かれた事に気付いて塞ぎ込んでしまうだろう。

 あの笑顔が彼女に戻る日は来るのだろうか。


(……帰らないと、いけませんねぇ)


 静かに幕を閉じるはずだった人生。

 それに抗いたいという思いが膨れ上がる。

 同時に予感した。


 きっと自分は彼女の元へ戻るまで死なないのだろうと。


(貴女を道具のようにしか見られなかった、俺なんかの事で……悲しむ必要はないんですよ)


 そんな事を言ってもきっと泣くのだろうから、それなら彼女の涙が枯れるまでくらいは傍にいてあげよう。


 俺を変えたのは彼女で、今消えようとしている命を現世に繋ぎ止めようとしているのも彼女。

 自分にとってあまりに大きすぎる存在。

 自分とはあまりに対極な、眩しい存在。


 大切な人。


(だから――)


 炎に呑まれ、全身の痛みと共に意識が掻き消されていく。

 その最中、俺は一つの願いを口にした。



***



「――笑って」

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