Case17-1.『小さな命がみせた夢』
灰となって消えていく流浪者を横目に、ルカはシアによって殺されたズールイを見下ろす。
蔦は未だにズールイへ絡まり、おまけに彼の頭蓋が蔦によって貫かれている。
(流浪者と変貌するのは死んでから一時間が経過するまでの間。それを過ぎれば一安心ってところ、だが……)
ルカはズールイの遺体を観察する。
考えている最中、ぴくりと指先が動いたのをルカは見逃さなかった。
執念深く傲慢な彼の事だ。見下していた連中に殺されるなどという結末に納得はしないだろうと踏んでいた為、この展開は想定内のものだった。
しかし――
びくりびくりと痙攣した遺体はすぐに力を失い、さらさらと灰になり始めた。
ルカは顔を強張らせながらズールイの頭を見る。
突き刺さっていた蔦の先端が何度も抜かれては突き刺すような動作を繰り返していた。
「いや、えぐ……」
絶対に死なせるという強い執念をひしひしと感じたルカは相変わらず表情の乏しい横顔を見ながら溜息を吐く。
やがてズールイの体も完全な灰となったことを確認するとルカは無線機を繋ぐ。
ルカやシアの動きを撮影していたドローンが無事であった事から、大体の状況は把握しているだろうと踏みながらルカは口を開く。
『標的の殺害、流浪者化の阻止完了。お疲れ様でした』
大仕事を熟した後とは思えない、淡々とした報告もこの時ばかりは緊張の糸を緩める要因となり得た。
アルノルドは車の中で眼鏡を外し、目頭を揉みながら微笑む。
「お疲れ様でした」
イザベラは運転席で脱力し、ズルズルと座席の下へ滑り落ちた。
レーナもまた体中に入っていた力が一気に抜け、安堵から瞳を潤ませる。
「はーい。お疲れ様。ルカさんも、シアさんも」
イザベラとレーナは暫く感傷に浸る。
しかしずっとそうしている訳にもいかない。
「お疲れ様でした、レーナ様」
「ううん。イザベラこそ」
「私はこれがお仕事ですからね」
イザベラはウィンクをしてから座席に座り直す。
そして車をUターンさせると倉庫へと向けて走り出す。
「さて、お迎えに行きましょう」
「……ええ」
レーナは微笑んで頷く。
しかしその顔には隠しきれない寂しさが残された、膝の上には何かに耐えるように握られた拳が添えられていた。
ルカは脳を酷使しすぎて治らない頭痛と疲労に耐えかねて勢いよく座り込む。
鼻を抓み、鼻血が止まるのを待ちながらも彼は顎で倉庫を示す。
「先出ててください。きっと慌ててやってきますから」
シアは暫くルカをじっと見つめた後、ゆっくりと出口へ歩いていく。
彼が倉庫の前へ出て数分が経った頃。
車の走行音が凄まじい速度で近づく。
そして速度制限を無視した車はシアの目の前で大きな音を立てて止まる。
「シア…………っ!!」
勢いよく開いた助手席からレーナが飛び出す。
両手を広げた彼女はシアの胸の中へと飛び込んだ。
「シア……シア……っ!」
自分よりずっと大きな腕に抱き返されながらレーナは泣きじゃくる。
彼女の金髪を大きな手が撫でる。
ズールイは死んだ。
『海志幇』は近いうちに壊滅するだろう。
そしてその未来が確定した今――シアの憂いの種は消えた。
(シアはもう消えてしまう。だから、言いたかった事、言わなきゃ)
――彼が自分の腕の中にいる間に。
「シア」
焦りが滲む。
しかしレーナは中々伝えられずにいた。
生前伝えられなかった事、今伝えたい事。それらがあまりにも多すぎた。
そして安堵や愛しさと共に別れへの寂しさが溢れてしまい、上手く言葉を紡ぐ余裕がなくなってしまった。
「ありがとう、シア。わたし、わたし…………あなたに会えて、いっしょに、ごはん食べたり、勉強したり、遊んだり、植物を育てたり、そんな毎日を過ごせて……本当に、しあわせだった」
もっと言わなければいけない礼はあったはずだが、いざ伝えようとして出て来るのはそんな些細な日常の鱗片ばかり――穏やかで幸せだった他愛もない毎日ばかりだった。
それでもレーナは懸命に言葉を紡ぐ。
「ありがとう、シア。ありがとう……あいしてるわ」
レーナは小さく震えて泣きじゃくる。
遅れて倉庫の中から外へと出たルカや、開け放たれた助手席を通して耳を傾けるイザベラは二人の様子を静かに見守っていた。
***
初めは何も思わなかった。
あの組織は近い未来消えていくだろう、そう踏んでの選択。
生きる為、賢い選択をしただけ。そのはずだった。
けれどその結果であったのは汚れた世界とは無縁のような無垢で単純な少女。
彼女の機嫌を取るのはとても簡単だった。彼女に気に入られるだけで強固な立場を得られるなんて、なんて楽な仕事だろうと思っていた。
……そのはずだった。
何の疑念も抱かず心を開く少女の存在がいつの間にか大きくなっていた。
彼女が笑う声が心地よくて、揶揄うとわかりやすく拗ねる様子がおかしくて、ここでの生活が心地よいものになっていた。
だから覚醒者の情報漏えいを疑われ、無謀な任務を突きつけられ、暗に死ねと命じられた時も逃げようとは思わなかった。
ここを離れるよりも、僅かな可能性――もう一度あんな時間を送れる事に賭けてみようと思った。




