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Case16-17.『決戦』

 シアとズールイの側近は倉庫内で戦闘を繰り広げる。

 しかし先程の屋上での戦いとは異なり、シアは側近から適度な距離を取る事ができている。


 そしてそれにはレーナの的確な指示が大いに貢献している。

 だがそれは裏を返せば、レーナの助けがなければ既にシアは何度か命の危機に瀕しているという事だ。


 相手は手負であり先程よりも動きは鈍い。だが決して気は抜けない相手であった。


 シアは蔦を扱い、正面や左右から側近を狙う。

 それは時折側近の体を貫いたが勝敗を決するような負傷とはなり得ない。


 シアは蔦を一つに纏め上げ、巨木の根のような太さに変形させる。

 威力に特化した蔦は真っ直ぐと側近へ迫った。


 それを視界に捉えた側近は蔦が自身へ激突する直前に地面を蹴り上げる。

 攻撃を避けられて生まれた隙。瞬時に詰められる距離。それを止めようと新たに生成された幾つもの蔦が伸びるがそれを側近は跳躍で避ける。


 腕をも地につけたその姿勢はまさに獣の姿。

 速度に特化した側近はシアの横腹へ噛みついた。


『シア!!』


 シアはそれを振り解こうとするがそれよりも先に側近は右手の爪をシアの太腿へ突き立てる。

 深く抉られた脚は体を支えきれず、シアは体勢を崩す。

 更に側近は噛みついていた腹部の肉を噛み千切った。


 猛攻の流れを止めぬよう更に腕を伸ばす側近。

 しかしそれを阻害するように彼の死角から蔦が飛び交った。

 致し方なく後方へ飛び退く側近。

 彼は接近を許さないように傍で蔦を蠢かすシアの様子を窺った。


 人間であれば間違いなく致命的な傷。

 しかしシアは傷を受けた部分までを植物化させる事で傷口に蔦を生成させ、傷を埋めた。


「再生可能か。厄介だ。だが……」


 再生に注力するシアは攻めの姿勢を取れない。

 側近はその好機を逃すまいともう一度距離を詰める。


「そんな使い方をすればいつ怪物になってもおかしくはあるまい!!」


 側近はシアへ飛びかかる。

 防御の為に備えられた蔦が彼を捉えるが、半捨て身で近づいた彼の動きは止まらない。


 腕が大きく振り被られる。

 その腕の下、敵を見上げるシアを見て――

 側近は思わず目を見開いた。


 細められる瞳、下げられる目尻。

 満足そうに描かれた口元の弧。


(何をそんな――)


 黎 仔空は海志幇の元構成員。

 その配属先は側近と同じ、ズールイの下だった。

 故に面識はある。


 だが記憶の中の彼は笑顔こそ浮かべているが本心をどこにも見せない、薄っぺらい人間だった。

 それがまるで心の底を覗かせるような、笑みを浮かべている。


 初めて見た知人のその顔に困惑する男をよそに、シアの頭を過ぎるのはルカの傍を離れたがらないレーナの姿だった。

 誰かに執着する姿など見せた事がない彼の心中など、側近には汲める訳もなく。

 確かな動揺はあれど彼は自身の役目の為に腕を振り下ろす。


 その時。


 倉庫に絶叫が響く。

 ズールイのものだ。


「……っ!!」


 側近の意識が傾く。

 その隙をシアは見逃さなかった。

 側近の背後、足場のコンクリートが突如押し上げられ、大きく割れる。


 そこから飛び出したのは太い蔦だ。


「な……!」

(こいつ、蔦を地面の下に通して……!)


 シアは側近に気付かれないよう、植物化した片足の蔦を地面に通していた。

 そして彼の完全なる死角から攻め込んだのだ。


 蔦が側近の腹を貫く。

 彼は痛みに顔を歪めたが、自分の状態に構っている場合ではなかった。


 ズールイの身に何か、イレギュラーが起きたのは確実。

 彼の安全を確保しなければと、側近は突き刺さった蔦を引き抜く。


 そしてその後も相次ぐ細い蔦によるシアの攻撃を掻い潜り、声のした方へ向かった。

 だが側近がズールイの元へ辿り着くよりも先。彼はコンテナの影から飛び出す。


 しきりに背後を気にし、乱雑に発砲を繰り返すズールイは明らかに、後方から迫る存在に怯えていた。

 だが遅れて現れたルカの姿はただ拳銃を構えている青年にしか見えない。


(何だ……? 一体何をしたんだ……!?)


 何が起きているかはわからない。だがただならぬ様子の主人を救わなければならない状況であることは明らか。


「シアさん、きちんと足止めしておいてくださいよ」


 ルカはズールイを見据えたまま、シアへ指示を出す。


「こっちはもう――終わりますから」


 引き金に掛けられた指が僅かに動く。


「おい……! おい! ぼ、ぼくを助けろぉぉおっ!!」

「……っ!」


 ルカは勝ちを確信しているようだった。

 しかし側近の脚力があれば瞬時に駆け付けられる場所にズールイはいた。


 あの青年は油断しているのだ。

 そしてそのおかげで主人を助け出す隙が生まれた。

 焦りはあれど同時に安堵も覚えた側近は、四肢で地面を力一杯蹴り上げ、ズールイへ駆け寄る。


『ルカ――』


 無線から聞こえる少女の声をルカは静かに聞く。

 彼は近づく気配に反応しない。

 側近は引き金が引かれるより先にズールイへ辿り着くと、ルカの首筋へ大口を開けて飛び掛かる。


 ズールイへ意識を向けていた彼は射線を遮るようにして突然飛び込んだ獣に対応しきれないだろう。

 そう、側近は踏んでいた。


 刹那。

 開けた口の中に冷たく固いものが押しつけられる。

 鋭い牙は肉を貫き、確かに血の味がした。

 だがそれ以上に、喉を突く異物感が強い。


 彼の口の中にはルカの腕が――拳銃を握った手が捩じ込まれていた。



***


 作戦を練るためにイザベラとアルノルドを呼ぶ手前。

 互いの想いを共有したところでルカはシアを見る。


「シアさんの未練を晴らすという目的がある以上、ズールイの殺害はシアさんに任せるべきでしょう」

「シアが望んでいるのが自分の手で因縁を精算することだった場合……海志幇の壊滅やズールイの死をシア自身が生み出さないとその望みは達成されない」

「その通りです。ズールイを殺す機会というのは一度しかない。その機会をシアさん以外が奪う事で、シアさんの未練が一生消えなくなってしまえば本末転倒ですから」


 ルカはレーナの言葉に頷きを返しながらもシアを見つめ続ける。


「頼みましたよ」


 頷きが返されなくとも、彼ならやり遂げるだろうとルカは確信していた。



***



「バァカ」


 不敵に笑う青年の顔。それを間近に映す瞳が大きく見開かれた。


 既に大きな怪我を負っていて、辿り着くにもギリギリの状態だった。心身の余裕がなかった。

 だとしても――何故、微塵も疑問に思えなかったのだろう。

 そんな考えが側近の頭をよぎった。


「はなから狙いは――お前だ」


 何故彼がズールイをすぐに撃ち殺さなかったのか。

 その理由が油断ではなかったと悟ると同時、傍に立っていたズールイの首を一本の腕が掴み上げる。ルカのものではない。

 首を掴んだ手からは無数の蔦が伸び、地面から足を離された少年の全身へと絡まった。


「この無能がぁぁあ!! 早く助けろ!! 早く、早く早くはやくはやく、ぼく、を? だずげ、ろ゛――ァガッ」


 絞めあげられる小さな体。

 自分を見ながら悲鳴混じりに罵倒し続けるズールイ。

 窒息でその目は徐々に見開かれ、飛び出し掛け、やがて――

 ――ゴキリ。


 鈍い音と共に首、四肢が、あらぬ方向へと曲がった。

 自分の使命が真っ当できなかった瞬間を目の当たりにしたその時。

 側近の耳にルカの声が飛び込む。


「――Vaffanculo!」


 血だらけになりながらも挑発的な嘲笑浮かべて中指を立てる青年。


(ああ。これは……)


 その声は先程までの淡々とした話し方とは打って変わった音色をしていた。

 邪悪そのものでありながら、どこか無邪気な声。


(……勝てる相手では、なかったか――――)


 乾いた破裂音が、倉庫へ響き渡った。

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