Case16-16.『決戦』
発砲音が鳴り響く。
ルカは倉庫内に置かれたコンテナを駆使してズールイと一定の距離を保ちつつ、駆け回る。
しかし既に大怪我を負っている身だ。
長い間動き回る事は得策ではない。
「ほらほら、さっきまでの威勢の良さはどこ行ったわけ!?」
無邪気な笑い声をコンテナの裏から聞きながらもルカは冷静だった。
コンテナの角、ルカが身を顰めるすぐ傍で弾かれる弾丸の音を聞きながらルカは長い溜息を吐く。
(向こうは完全に俺へ注意を向けている)
「……そろそろ、か」
ルカは小さく呟く。
***
「ズールイはどのようにして人の心を聞いているんでしょうか」
仲間へ作戦を伝える最中にルカはふとそんな問いを投げ掛ける。
「聞こえるというくらいですから。我々が普通に話しているような形ではありませんか」
「では心の声を同時に聞ける人数には限界がありそうですね。大勢の声を同時に聞き分けて全てを脳内で処理するのは難しいですから」
「レーナ様の能力が作用する時間のように、同時に複数人の声を聞く事はできないという制限があるパターンかもしれないけれど」
「そうですね。どちらの可能性でも言えるのは……ズールイは少人数の声しか処理できないという事でしょう。そして周囲に大勢がいる場合は心の声を聞く対象を選ぶ事ができる」
ルカは顎を撫でながら天井を仰ぐ。
何か考えている様子のイザベラは彼の横顔を眺めながら声を掛けた。
「何か思いついた事がありそうね」
「そうですね。ズールイの注意を俺に集中させる事ができれば、勝てるかもしれません」
「しかし、今回の作戦の司令塔はルカさんですよ。そんな事をすれば重要な情報が引き抜かれる可能性も……」
「俺が何を買われてここまで派遣されたのか、忘れた訳じゃないでしょう」
アルノルドの指摘にルカは笑みを深める。
彼は人差し指でこめかみをついた。
「生憎と、俺は天才なので」
***
ルカはポケットからラムネ菓子を出すと掌いっぱいにぶちまけ、一気に口へ放り込む。
それを雑に噛み砕きながら彼は近づく人の気配に注意を向けた。
ズールイは移動をやめたルカと距離を詰めるべく前進する。
銃口はコンテナの先へ向けられ、ルカが少しでも身を乗り出せば引き金が引けるようになっていた。
(こいつは頭が切れるようだから、何か企まないかは常に監視しておいた方がいい。けど……世知辛いねぇ)
ズールイは溢れそうになる笑い声を何とか押し留める。
普通ならば賞賛されるべき頭脳を持つ者程、思考に頼らざるを得ない。
しかし思考に頼ればズールイに思惑が全て流れ込む。
本末転倒。無駄。
優秀な人間が成す術もなく絶望に打ちひしがれる姿がズールイは好きだった。
そして今回の獲物もそうなると彼は確信していた。
「鬼ごっこはもう良いのぉ? ほらほら、逃げないと殺しちゃ――」
ズールイは移動速度を上げ、コンテナの裏へと回り込む。
そして身を潜めていたルカへ銃口を向けたその時のことだった。
ズールイは大きな頭痛を覚える。
走るような痛み。そして脳の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような感覚に陥る。
耳の奥に聞こえるのは酷いノイズ。
「ぐ、ぁ……っ!?」
何度も強く殴り付けられるような頭痛に耐えきれず、ズールイは頭を抱えて悶える。
冷や汗だらけの顔を歪めた彼の視線の先、血だらけの青年が笑みを浮かべている。
(ズールイの能力は単独行動向きじゃない。いつものように周囲に味方が山ほどいたのなら、俺一人じゃ数の暴力で簡単に押し負けていたはずだ)
鋭い眼光、釣り上がった口角。
勝利を確信した、歪な笑みを貼り付けた敵の姿を見た瞬間、ズールイは背筋が凍り付くのを感じる。
「残念」
目の前にいるのは小柄な青年。
だが彼が放つ威圧的な空気は胸を締め付けるような、確かな恐怖をズールイへ与えた。
「な、なんなんだ……」
ズールイの頭を同時に何十という文章が埋め尽くす。
その全てがこれからルカがどう動くべきかを綴ったものであり――それらは一つ一つが大きな矛盾を起こしていた。
また『右へ走る』『左へ走る』のような単調な文章から複雑な工程を踏む作戦、意味不明な言葉の羅列など多岐にわたる文字列の情報。その量はとても一度に処理する事も、正しい情報を精査することもできない程に夥しい。
ルカの脳内で発される文章の抽出速度もまた常人のそれではなかった。脳内で目まぐるしく綴られる情報は一文であったとて凡人にはその内容を理解するのに僅かなラグが生じる。
それが無数に現れるのだ。
大きな騒音のような情報の暴力にズールイは悲鳴を上げる。
だがそれでは終わらない。
不気味に笑うルカの思考は徐々に複雑化され、最後には出力される一文一文、そのどれもがズールイには理解できないものとなっていた。
(――approcher zo ver mogelijk weggaan dall'alto con una pistola mit einer versteckten Bombe com uma faca dal basso с нападением союзника eliminate จับเป็น ukraść dane 가슴을 живот разрезать magazindeki konteyner düzenini kullanarak الأسلحة المخفية في المستودع ligado ao aliado próximo यह सब नकली है non morirai facilmente 叛徒 izoluar 遨コ縺ォ縺ゅ▲縺ヲ venganza contra el enemigo)
初めは日本語やイタリア語――言語が統一された、内容だけならばズールイでも理解し得る文章だった。
それが気が付いた時には様々な言葉が入り混じり、意味不明な単語列となりズールイを襲う。
(――Qaq effoguuo iqfaui.)
脳を酷使した反動か、ルカの鼻から血が流れる。
それを親指で雑に拭いながら彼は唇を舐めた。
同じ情報、いや深層心理を含めればズールイ以上の情報量に襲われているはずのルカの様子は至って冷静だった。
死角からの情報と頭に流れ込む情報。そのちぐはぐさがより一層、敵の得体の知れなさを引き立たせる。
「何なんだよ、お前ェェェエエエッ!!」
ズールイは半狂乱になりながら引き金を引いた。




