Case16-13.『決戦』
ズールイを抱えた側近は本拠地が襲撃を受けた事を無線で報告しながら移動する。
彼の服から覗く手足はまるで獣のような毛並みを持っており、それらは常人より厚い肉と鋭い爪を持っていた。
体の一部を獅子のように変化させた男が主人を連れて辿り着いたのはとある古い物流倉庫だ。
周辺や建物の様子を見るに今も使われているような装いをしているが、それが見せかけである事を彼は知っている。
ズールイを背に庇いながら倉庫の扉を開け放つ。
中を警戒して拳銃を構える側近だったが、その先は無人。
不規則に、そして雑多に物が積まれた空間だけが広がっていた。
「ズールイ様、中へ――」
主人へ移動を促すべく振り返ったその瞬間、側近は目を見開く。
側近はズールイを抱き寄せ、太い腕で顔を庇う。
鮮血が飛ぶ。
太い腕には鋭い蔦がいくつも突き刺さっていた。
「な……っ!」
「――裏切り者が」
蔦の伸びる先にある姿を見て側近は吐き捨てる。
顔の半分を植物へ変化させた男。剥ぎ取った眼帯を掴みながら彼は二人を見据えていた。
「なんであいつがここに――」
疑問を口にしかけたズールイはシアの姿を見てすぐに答えを悟る。
それに顔を歪めたのも束の間、倉庫周辺の広々とした駐車場へ五台の車が次々と停まる。
それは海志幇の構成員を乗せたもの――ズールイや側近の味方のものだ。
だが応援に安堵するよりも先。車から降り、シアを取り囲むように移動する構成員の一人が頭を弾け飛ばして絶命する。
そしてその場の者達が驚いている内に二人、三人と更に構成員が倒れていく。
皆揃って、丁寧に頭を欠損させて。
側近は弾が放たれた方角を見やる。
倉庫の敷地外、周囲の中でやや背の高い建物がある。恐らくはそこに射手がいるのだろうということはわかるが、その姿を確認するには距離がある。
人影を視認することはできても容姿まではわからない。
そして遠方を見据え、目を細めた彼の注意を引くものはスナイパーの存在に留まらない。
次に彼の意識を傾けたのは構成員らから遅れてやってきた一台の車だ。
それはアスファルトを大きく摩擦させ、何人かを跳ね除けるとそのまま誰も近付いていなかった倉庫の傍へと向かう。
そして助手席の扉が蹴り上げられた時。
倉庫の死角から飛び出す小さな影がある。
「な……っ!」
それを見た瞬間、側近は――いや、ズールイも、他の構成員らも皆が唖然とする。
車へ飛び込んだのは金髪の少女――レーナだったのだ。
「レーナ様! ご無事でよかった……!」
「イザベラ……!」
レーナが車へ乗り込んだのを確認するとイザベラはアクセルを踏み直し、倉庫を出ようとする。
側近、そして構成員の注意は一瞬にして逃走を目論む車へと向けられてしまった。
その時だ。
「おい!」
ズールイが焦りを滲ませた声を上げる。
その声に真っ先に気付いたのは側近だ。
彼は反射的にズールイを倉庫の中へ押し除ける。
その腕を何重にも絡まり合った蔦が千切っていく。
また、蔦の攻撃を受けて重心が傾いた側近の頭を銃弾が掠め、標的の代わりにアスファルトを削った。
更に銃弾は構成員らの車のタイヤを次々と射抜き、レーナの乗った車を追う事を阻害する。
それでも残った構成員らが狙いの車へと一斉に発砲するが、それは未来を知っている少女の的確な指示によって全て避けられてしまった。
(流浪者と腕の良いスナイパー……厄介だな)
倉庫を飛び出して行った車を見送りながら側近は苦い顔をする。
レーナを追おうにもそれを阻む者の存在は無視できない程に大きい。
そしてこの場で一番の戦力となる彼がズールイを離れれば主人の守りが薄くなる事は明白。
側近がどう動くべきかと思案していると倉庫の中からズールイが声を飛ばす。
「スナイパーを仕留めろ。あいつはそれを恐れてる」
あいつとズールイが示すのはシアの存在。
スナイパーが危機に晒されればシアの注意は自然とそちらへ傾く。そう示唆された事に気付いた側近は小さく頷くと両足に力を込める。
刹那、彼が踏みしめたアスファルトが大きな凹みを見せ――
――彼の姿が消える。
『ッ、ルカ! 避けて!!』
スコープ越しに次の敵へ狙いを定めていたルカは無線から響くレーナの声を聞き、咄嗟に左へ転がり込む。
回避行動を取りながらも頭上から飛び込む影を見つけたルカはスナイパーライフルの銃口をそちらへ向ける。
だがそれはルカの頭を叩き潰そうと伸ばされた腕に弾き飛ばされ、銃身を大きく曲げたまま遠くへ転がっていく。
「っ……!」
階段を使わずビルまで一っ飛びで現れた敵。
四肢を覆っていた毛並みはいつの間にか全身を多い、直立するライオンのような大男がルカの前に立ち塞がっていた。
「なるほど、確かに聞いていた通りだ」
納得したように呟かれる声を無視し、ルカは拳銃を素早く構える。
懐から拳銃を出し、引き金を引くまでの時間は一秒程度だったろう。
その銃弾は防御の姿勢をとり、交差させられた相手の腕に当たる。
だがその隙間から覗くのは一切動じない、獲物を狙う鋭い眼光だ。
「射撃の腕も確か……こんな人材を隠していたとは」
側近は目にも留まらぬ速さでルカとの距離を詰める。
その腕がルカの頭を狙い、今度は避けきれなかった彼の額を引っ掻いた。
顔の反面を赤く濡らしながらルカは身を屈める。
その頭上を首と胴体を引き千切るような威力の蹴りが通過した。
だが攻撃を避けたのも束の間、二度目の蹴りがルカへ迫る。
迫る危機に顔を顰めたルカ。
体勢をすぐには立て直せない彼ではそれを避けられない。
だが、精一杯の防御としてルカが腕を前に構えた時、二人の間に割って入るように鋭い蔦が伸びる。
それは側近の腕を絡め取ると後方へと放り投げた。
「……遅いですよ。殺す気ですか」
自分の前に立つ人影――シアへ、ルカは文句を溢す。
黒髪の青年は何も言わず、敵の姿を見据えて佇んでいた。




