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Case16-11.『決戦』

『追手、一通り撒きました。持ち場へ向かいます』

『了解しました。レーナ様とシアさんも一つ目の持ち場を離れ、次の持ち場へ予定通り到着しています』

『わかりました』


 イザベラが走らせる車の中、ルカは無線機で現状を伝える。

 アルノルドの返答を聞きつつ戦闘で負った傷の応急措置をルカは手早く済ませる。

 口と左手で右肩の止血を行うと彼は助手席に凭れ掛かって長い溜息を吐いた。


「お疲れ様」

「お互い様ですよ。……それに、まだ終わっていません」

「ええ、ここからが正念場ね」


 二人は遠くから響くサイレンを聞きながら次の目的地へと向かうのだった。



***



「ズールイ様、一度拠点へ戻りましょう」

「ふん、言われなくても」


 通路の外へ出たズールイは側近に手当をされながら不機嫌そうに言葉を返す。


「こんな目に遭うためにここに来たわけじゃない。最悪、あの女を殺せればいいんだ」

「ではレーナ・ラフォレーゼの殺害は他の部下に任せると伝えましょう」

「っ、そもそも! ぼくを守るのがお前の仕事だろ! お前がぼくを守り切れないから、ぼくの計画がおじゃんになったんだ!」

「申し訳ありませんでした」


 ズールイは他人の動揺や苦痛が顔に浮かぶ様を見ることを何より好む。

 だからこそただレーナを暗殺するだけではなく彼女の住処を壊し、あわよくばその仲間を痛めつけて殺してやろうと考えていた。


 そして圧倒的な戦力差を持つズールイとレーナの陣営がぶつかれば、ズールイの思惑は全て上手くいく――そのはずであった。


 思い通りにことが運ばなかったこと、そして自身が激痛を受ける結果となったことにズールイは憤りを覚えた。


 こうなったのは部下のせいだと責め立てる彼に、この結果を導いた真の要因など気付く事はできない。


 それに対して側近が何も言わないのはズールイに対する反抗心が一切なく、彼が何を言おうと自分は主人に従うのみだと自身の思考に刷り込んでいるからであった。

 だからこそ心が読めるズールイは従順な駒として彼を傍に置き続けている。


「ズールイ様、念の為に奴も拠点へ戻しましょう。戦力差が明らかとはいえ抗争が続いている最中、ズールイ様の防御は最低限固めておいた方が良いかと」

「ふん、勝手にしろ」


 側近は一礼し、無線で『奴』――レーナが乗っていた車を追い、イザベラと対峙した四つの腕を持つ流浪者と現状を共有する。

 その際側近は音声をスピーカーにし、念の為、ズールイが会話の内容を把握できるように気を遣っていた。


『…………了解した。こちらは標的の姿を確認できなかった。初めから乗っていなかったのか、途中で抜け出したのか……彼女は囮だったのだろう』

「となれば次に考えられるレーナ・ラフォレーゼの居場所はズールイ様が得た情報だが」

『そちらについても報告は受けているが、確認できたのは標的とは別の少年だけだったと』

「……はぁ?」

「どういう事だ」


 口を挟んだのはズールイだ。

 彼は怪訝そうに側近を見やる。その視線に気付いた側近は一つ頷きを返し、相手に詳細を求めた。


『まず、近くにいた者達で構成された一陣は全滅。その後遅れて応援へ向かった者達はギターケースを持った少年とすれ違い、撃ち合いとなったが何名かを殺された挙句に逃げられてしまったと。……その間、標的の少女や側近の流浪者の姿は見当たらなかったと』

「……その少年というのは」

『十代半ばから後半程度、茶髪の髪と緑の瞳、西洋系の顔立ちでやけに整っていたという』


 その特徴を聞いた瞬間、ズールイの頭を一人の人物の姿が過る。

 特徴に一致する男をショッピングモールでの抗争で一人だけ見ていた。


「――あいつか……ッ!」


 舐め腐ったような視線と言動、思考。それを思い出したズールイは沸々と腑が煮え繰り返る感覚を覚えた。

 館に残っていた男から情報を抜き取ることも、レーナの居場所を把握しようと問いを投げ掛けるだろうことも、その質問内容も、それを受けてズールイがどう推測するかも。

 それら全てを知っていたとでも言われているような感覚は不愉快そのものであった。


 ズールイは怒りに顔を歪める。

 その後も側近達は方針などについて話し合い、部下への指示内容などを共有してから会話を終える。


「……ズールイ様」

「わかってる! 拠点に戻るんだろ! クソッ」


 ズールイは側近の傍をすり抜け、早足で歩き出す。

 その間も過るのはルカの顔だった。


「あいつ……いつか絶対殺してやる…………ッ」


 吐き捨てられた言葉が狭い通路へ響き渡った。



***



「俺達は海志幇について有力な情報源を握っています」


 洋館の仲間が全員集まった中で方針を決める際、ルカはそう切り出した。


「一つは、海志幇の元構成員であるシアさん。彼は以前の本拠地の場所を把握しており、またそこが危機に晒された際の移動先候補である仮拠点の位置をいくつも把握していた」

「ええ。優先順位や見取り図なんかも報告書にも纏められているわ」


 イザベラの補足に頷きを返しながらルカは続ける。


「二つ目はエミリオさんの隠密によって集められた情報……拠点に配置された人数や戦力、そして機密情報として厳重に管理されていた――本拠地候補以外にズールイの為に用意された緊急避難所の存在」

「彼はこれを掴んだその日に……。ですから、流浪者となり、帰還してくださらなければ我々はこの情報を知る事はできなかったでしょう」


 アルノルドの言葉を聞いたレーナは膝の上で両手を強く握りしめる。

 悲しげに俯くレーナを気に掛けながら、ルカは再び首を縦に振った。


「この二つの情報は、今回の作戦を決行する上で非常に有用です」



***



 ルカは窓の外をぼんやりと眺める。


「考え事?」

「少し」


 イザベラの問いに短く答え、ルカは気持ちを切り替える。

 過ったエミリオとの記憶に蓋をして長い息を吐いた。


(無駄にはしない)


 拳を握りしめ、ルカは強く念じるのだった。

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