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Case16-8.『決戦』

 ルカは片手で縁をしっかりと掴んだままぶら下がった体を大きく揺らす。

 遠心力を活かしつつ、片手の腕力で足を持ち上げ、縁に引っ掛ける。

 そして半身を屋上へ乗り上げた時。

 自身を狙って端から鎖や液体が飛ばされるのをルカは見る。


 それを確認した直後。

 彼は体の力を抜き、縁から外へと体を転がす。

 ビルの側面に掠りそうな位置で仰向けに落下を始めたルカは自身が先程までいた場所――現在地の真上を液体と鎖の先が素早く通過するのを見る。


 だが直後。

 伸ばされた鎖が途中から垂直に曲がる。

 鎖の先は落ちているルカへ向かって伸ばされたのだ。


(――来た……っ!)


 鎖はルカの胸へ向かって飛ばされる。

 だがそれが標的を捉えるより先、ルカはビル側の手足――右腕と右足を素早く伸ばす。

 ビルの壁に触れたそれは摩擦を起こして痛みを引き起こしたが、ルカは負けじと力を込め、自身の体をビルの壁から押し除ける。

 同時に体の角度を傾けた彼の脇を鎖が通過した。


 それはまたもや獲物が仕留められなかったことに気付いたのだろう。

 次はルカの体の下で大きな弧を描いた。


(あいつらには『敵を殺す事』への執着が強く残されている。行方不明や見失った結果による不確かな推測ではなく確実な死――それを確信できなければあいつらはきっと満足できない。そして、知性を失ったあいつらはこの高さから落ちる事が即死になるという理屈に辿り着けない。だからこそ――俺の死を見届ける為に、俺を自分の前まで引き戻すだろうと思った)


 下から回り込んだ鎖がルカの体に引っ掛かった、次の瞬間。

 それはルカの体にきつく巻きつき、勢いよく持ち上げる。


 そして彼は屋上まで引き上げられる。

 だがその方法はあまりにも乱暴で、ルカは鎖の異形の足元に体を強く打ち付けられる。

 頭をぶつけなかった事が幸いだったとはいえ、骨にいくつか罅が入る程度の衝撃は優にあった。


 また、両腕が体に巻き込まれるような形で鎖を巻き付けられたルカは攻撃の体勢を取る事ができない。

 それどころかルカを捉えた鎖は異形に繋がっている為、動けるのは精々一メートル程度。回避行動すら碌には取れそうになかった。


 更にルカの背後――三メートル程先には液状の異形までいる始末。常人であればあまりに絶望的な状況だ。

 だがルカにとっては、それはあくまで想定内であった。


 鎖の異形は先端を尖らせた鎖を三本、ルカへ向ける。

 それを見上げながら、ルカは薄らと笑みを浮かべた。


 そして三本の鎖が放たれる直前、彼は地を蹴ると鎖の異形の脇へと移動する。

 べちゃりと粘着質な何かが付着する音がした。

 遅れて聞こえたのは肉が焼ける時のような音。


 そしてルカを拘束していた鎖が緩まった。

 ルカはそれから抜け出し、視界の端で鎖の異形を見る。


 それは体の真ん中を失っていた。

 蒸気を上げながら体の中心を溶かした異形は灰となって散っていく。


「やはり、連携能力は皆無だな」


 ポツリと呟かれた直後、迫る脅威に気付いたルカは素早くそれを避ける。

 それはルカの横を通り過ぎた。

 液体だ。それの出所は確認するまでもなく、残された最後の異形からである。

 液状化した異形は出入り口とは真逆――先程ルカが落下した場所から近い位置にいる。


(全身が液状化しているのなら弾は効かないだろうな。エミリオさんも煙化しているところは物理攻撃を通さなかった)


 撤退するのが吉か、と考えつつもルカがすぐにそれを実践しなかったのは武器の回収ができていない事にあった。


 この先の作戦の事を考えれば丸腰はあまりに無謀。

 拳銃は扉付近に転がっている構成員の遺体から得られるが、可能であればライフルも回収しておきたかった。


(やるだけやるか)


 そして一つだけ、試せる可能性があった。

 確証はないし完全な賭けではあるが、この思いつきの攻撃が全く効かなければ割り切って撤退すればいい。

 そう結論付けたルカはポケットから何かを探り当てるとライフルを置き去りにしている塔屋へ向かって走り出す。


 その間何度も液体が飛ばされるが、それをルカは全て避ける。

 攻撃が一切当たらない事に痺れを切らしたのだろう。

 ルカがライフルの元へ辿り着いた頃、異形は彼のもとへ距離を詰める。


(ライフルを拾う時間はないか。そもそもこいつを持ったままでは攻撃も避けられそうにないな)


 やはりライフルを回収するならば粘液の異形を倒す他ない。

 そう考えた彼は一度ライフルから離れるとそのまま異形へ向かって走り出した。


 異形は曖昧な輪郭の、液状化した両腕をルカへと伸ばす。

 それを半身で躱し、異形へ充分に近づいたルカ。

 彼はポケットからライターを取り出すと、それに火をつけ、異形へと投げ付けた。


 ライターの火が異形に触れた事を確認すると即座にそれから距離を取る。

 相手が何事もなく攻撃を続ける可能性があり、それに備えて身構える。


 しかし、直後に彼が見たのは火が触れた箇所から全身へと広がる炎と、赤々と燃える異形の姿だった。

 耳障りな断末魔が響き渡る。

 両耳を塞ぐ事でその声に耐えたルカは、最後の異形が灰となって消えたのを見届けてから深く息を吐く。


「……何だ。ただの有機物だったか」


 周辺の敵を一掃したルカはその場にしゃがみ込む。

 そして体は勿論、酷使した頭がエネルギー不足を訴え痛み出している事に気付き、「頭痛ぇ」とぼやいたのだった。

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