Case16-5.『決戦』
制御室へと敵が傾れ込んだ瞬間。
浮遊していたドローンが煙を吐き出した。
煙幕は瞬く間に部屋の中へと充満する。
隣の避難用シェルターはまだしも、制御室は数名が作業する為の最低限のスペースしか用意されていない。
いくら大勢で押し掛けようが、一度に入れる人数には限界があった。
それに加え、ここはアルノルドが慣れ親しんだ部屋。
彼は今日初めて訪れた物とは比べ物にならない程、部屋の構造や物の配置を把握している。
アルノルドは煙の中を迷わず移動し、近くの壁へ身を隠す。
眼鏡の奥、目を凝らす事十秒。
僅かに薄まった煙の中、いくつもの人影がぼんやりと浮かび上がる。
その頭へ次々と銃弾が撃ち込まれた。
短い断末魔と共に崩れ落ちる敵。
困惑の声が上がった。
動揺から隙を見せる敵へアルノルドは次々と鉛玉を撃ち込み、残された異形へ向かっていく。
彼は異形との距離を詰めると大きく避けた口へ銃口を埋め込み、躊躇なく発砲する。
死を自覚させられた異形が灰となって消えていく最中、アルノルドの死角から別の異形が熊のような腕を振るい上げるが、彼はそれを華麗に避ける。
身を低くして床を転がり、頭上を腕が通過する。その間に拳銃を懐へしまい直した。
その代わりにと彼は机の下に隠していた武器を引っ張り出すとそれを残った異形へと向けた。
小型のガトリングガン。
素早くスイッチを押したそれがモーター音と共に無数の銃弾を放ち、異形を蜂の巣にした。
それだけには留まらない。
狭い入口の後ろに控えていた者達までもが銃弾の雨の餌食となる。
次々と入り口を埋め尽くす死体はドローンが吐いた煙幕が完全に消える頃には床を埋め尽くし、入口を塞がんとしていた。
自分を狙う脅威が消えたのを確認し、ガトリングガンを床へ投げ捨てる。
その時だ。
入口から銀色の光がアルノルドへと飛び込む。
アルノルドはそれを人差し指と中指で挟んで止める。
ナイフだ。
それを静かに見つめてから、彼は視線を入口へ戻す。
だが彼が入口へ視線を向けると同時、視界を埋めるように一人の屈強な男の姿が映る。
「――っ!」
アルノルドは体を逸らす。
彼の髪が一房、刃に絡め取られる。
男はナイフを振り上げた体勢のまま、今度は膝を突き上げた。
その動きに気付き、アルノルドは両腕を正面で交差させたが、彼の腹部を狙った攻撃は想像以上に重い。
アルノルドは鈍い痛みに呻き声を上げた。
彼は後方へ吹き飛ばされる。
着地と同時に体勢を整え、足を付く。
そして意図せずできた敵との距離を利用して相手を観察した。
アルノルドを蹴り付けたのは屈強な体の男――ズールイの側近だ。
「うわぁ、すごいねここ」
そして入口には凄惨な現場には似合わぬ少年の姿があった。
(……ズールイ)
アルノルドは拳銃をもう一度取り出す。
だが戦闘続行の意志は彼には残っていない。
「ねぇ、聞きたい事があるんだけどさぁ」
制御室の機材は全て電源を落としている。
仲間の居場所がバレる事はない。
しかしズールイと長く対峙すればそれだけ多くの情報を抜き取られる事だろう。
作戦や並行して動いている仲間の事を考えるだけで全て筒抜けになってしまうのだから。
それに加え、思考を読まれる相手と正面から戦ったところで殆どの攻撃は避けられる。優れた身体能力を持つ味方がいるとなれば尚更だ。
(元々彼が姿を現すまでの時間稼ぎが私の役目。これ以上私が出しゃばる必要はない)
撤退を決断したアルノルドは側近と睨み合いながら数歩後ずさる。
「あ、そいつ逃げるよ!」
動くより先、ズールイが声を上げ、側近は空いている手で拳銃を構える。
遅れて彼らから背を向けたアルノルド。彼の横腹の肉を縦断が僅かに抉った。
「っ、やはり、厄介ですね」
苦い顔をしながら通路へと転がり込むアルノルド。
その先は薄暗く視界が悪い。
だが幅の狭い一本道は銃器を所持している追手にとっては好都合。
適当に撃っても命中させられるだろう。
そして案の定、側近とズールイは一列に並んでアルノルドを追い掛けた。
「ねぇ、仲間の居場所教えてよ〜」
後方から放たれる銃弾は運良くアルノルドの体をすり抜けていく。
ズールイからの問いに彼は答えない。
だが、後方からは「アハッ」と無邪気な、そして何かを確信した声が上がった。
「ふぅん、一人はそこにいるんだ。おーい」
ズールイは嬉々として無線で指示を出す。
最初に過った者の居場所が重要な情報でないわけがないと彼は知っているのだ。
(このまま逃げたところで情報は全て抜き取られる。であるなら――)
アルノルドは前へ伸ばした足が床に触れると同時、強く踏み込んだ。
そして方向転換をし、ズールイ達へと突っ込む。
「っ、な! こいつ捨て身でぼくに――」
初め、側近は拳銃で応戦しようとした。
だが驚いた声を上げたズールイの言葉からアルノルドの狙いがズールイにある事を悟る。
彼を背に庇い、防御に徹しようと対応を変えた側近。
ズールイと距離を詰めながら、アルノルドは拳銃を下すと代わりに空いている手を前へと突き出した。
だがそれは側近の蹴りによって遮られる。
アルノルドは身を屈めて蹴りを避けるが、掠めた足が彼の眼鏡を蹴り上げた。
更にアルノルドは崩した体勢を整えることに注力せざるを得ず、ズールイに手が届く事はなかった。
「やはり、そう上手くはいきませんか」
手の中に収まっているのはGPS機能のついたボタン型の機器。それの存在を感じたままアルノルドは静かに呟くと足を振り上げる。
彼の爪先が捉えたのは側近の拳銃。不意を衝かれ、持ち主の手から離れたそれを空中で掴むと、アルノルドはもう一度二人から距離を取る。
その瞬間。
乾いた発砲音と共にズールイの呻き声が上がった。
「っ、あ゛あ゛……っ!?」
「ッ、ズールイ様……ッ!!」
アルノルドは負った傷を手で押さえながら二人を見つめる。
その口元には微笑が浮かんでいる。
「私の思惑など、全て見透かされてしまうのでしょう。しかし」
アルノルドの視線がズールイの頭上へ向けられる。
左の二の腕を打たれた少年。その後方には――
「機械の考えまでは読めませんでしょう」
――先程まで制御室を漂っていたドローンが、気配を消して浮いていた。




