Case16-3.『決戦』
反響する銃声を背にレーナとシアは中庭へと駆け込む。
「レーナ様、シアさん!」
「イザベラ!」
庭の中央には停められた車とその傍に佇むイザベラの姿がある。
イザベラは二人の姿を見つけると後部座席の椅子を開け、自分は運転席へ滑り込む。
そしてレーナを抱えたシアが後部座席へ飛び乗ると同時、彼女はアクセルを踏み切る。
「掴まって頂戴」
車が向かうのは庭を区切る塀。
イザベラは迷いなくそこへ突っ込もうとする。
彼女の行動はレーナにとって予測していたものだった。だがそれでも顔が強張る。
「大丈夫ですよ、レーナ様。お怪我はさせませんから」
衝撃に備え、シアがレーナを抱き寄せる。
それをバックミラーで確認しながらイザベラは口角を上げる。
そして三人を乗せた車が分厚い壁へ激突する。
大きな衝撃と轟音。しかし頑丈な車体がくしゃくしゃになることはない。
それどころかぶつかられた壁の方が瞬く間に粉々となり、崩れ落ちた。
車は難なく館の外、道路へと飛び出す。
中庭からの脱出は事前に作戦で擦り合わせていたものだ。
レーナの脱出の為、逃走経路となる塀の一部を事前にもろい作りへ変えていたのだ。
車が飛び出した先、武器を所持した者を乗せた車が何台か停められていた。
だがその数は正門に比べれば圧倒的に少ない。
洋館には正門や裏口を含んで出入り口が四つあるが、そのどこもが恐らく包囲されているはずだ。
それに比べれば、行儀良く車線を守って停められるだけの余裕を残した脇道はあまりに手薄。
(ルカさんの想定通りね。これなら――抜けられるわ)
イザベラは進路を塞いでいた車を押し除け、急ハンドルを切る。
タイヤの摩擦音を悲鳴の如く鳴らし、右手へ曲がった車。
その傍からは銃声が響き、いくつかの銃弾を浴びた後に車の窓ガラスが割られる。
アクセルが踏み直された車は真っ直ぐと進もうとするが、すぐに進路を塞ぐように車が立ち塞がる。
だがそれはイザベラにとって妨害にすらならない。
彼女は対向車線を駆使して易々と車を避けていく。
「全く、住宅街だって言うのに」
イザベラは時折持っていた拳銃を持ったまま扉から身を乗り出し、後方へ発砲する。
いくつもの車がタイヤを潰され、動きが鈍くなる。
そこへ別の車が突っ込み、道路が塞がれていく。
例え進路を見ていなくとも、イザベラは距離や方向、速度を正確に把握している。
その為後ろに気を取られている間に事故を起こすようなヘマを彼女はしない。
視線を外しても尚正しく道を走行する車と、方向転換が必要なタイミングを正確に把握し、攻防を切り替えるイザベラ。
後方への牽制や足止めの最中、前へ向き直った彼女はハンドルを切り、道を曲がる。
刹那、至近距離から突っ込む車の影が正面に現れるが、イザベラは口角を釣り上げると甲高いブレーキ音を上げながらそれを間一髪で避けた。
「イザベラ、左に!」
更に飛ばされる指示にも的確に反応し、移動する。
その傍をバイクが躊躇なく突っ込み、建物の壁に激突した。
爆発音の響く現場を去りながらイザベラは唇を舐める。
「さ。暫くドライブに付き合って頂戴」
***
ルカが中庭へ着いた時、車は丁度洋館を離れるところであった。
それを脇目に、彼は中庭の端へ向かう。
停められた一台のバイクを見つけるとそれに跨り、エンジンをふかした。
イザベラが壊した塀から遅れて館を後にする。
幸い、彼女が注意を引いてくれたおかげで、敵は殆ど残っていない。
車の故障などで足止めを喰らっていた敵だけがルカの存在に気付き、拳銃を向けたが放たれた弾丸は全て当たらなかった。
敵を振り解き、ルカはイザベラ達が辿ったルートから外れた脇道へ入り込む。
目指すのはこの地域で最も高さのある建物。
遠目に見つけたそれを視界に映したまま、ルカは先を急ぐのだった。
***
「ねぇ、イザベラ。これ、全然館から離れられてないんじゃない?」
「そうですねぇ」
自分の乗っている車が街の中を大きく一周している事に気付いたレーナは不安げにイザベラへ声を掛ける。
一方で次々と現れる追手を牽制し、避け続けるイザベラからは余裕が滲んでいる。
「大丈夫ですよ、レーナ様。そろそろ終わりますから」
バックミラーに映る車を確認した後、イザベラは助手席へ置いていたガソリンタンクを一瞥する。
「おっとっと」
前方から突っ込む車を急ハンドルで避けた瞬間。
建物と建物の間から覗くビルを見つけ、イザベラは目を細める。
『こちらルカ。配置付きました』
「遅かったわね。生憎通り過ぎちゃうところだったわ」
無線機から聞こえる声に軽口を返すイザベラ。
彼女の言葉に対する反論や弁明もなしにルカは淡々と話す。
『20秒後。お願いします』
「了解。……レーナ様、シアさん」
目を丸くするレーナへ、イザベラは笑い掛ける。
彼女は親指で窓の外を示すと次いでこう言った。
「いよいよよ」
「……っ!」
「降りる準備、しておいてね」
彼女の言葉の真意をレーナはすぐに理解する。
レーナはシアにしがみつき、シアもまたレーナをしっかり抱き上げる。
イザベラの耳元ではいつの間にか10秒のカウントダウンが始まっている。
「さぁて」
イザベラは運転席の扉を蹴破ると、片足でアクセルを踏みながら、ガソリンタンクを両手で掴み上げる。
『三、二……』
「せーのっ!!」
『一』
イザベラが持ったタンクは後方、宙へ放り投げられた。
その見目からは想像できないが、イザベラは一般人を凌駕する腕力でガソリンタンクを後方車両のボンネットへ激突させた。
刹那。
どこからともなく放たれた銃弾がそれをボンネットごと撃ち抜いた。
「レーナ様、シアさん!!」
イザベラの声を聞き、シアが車から飛び降りる。
瞬間。
銃弾によって射抜かれた車は炎上し、終いには周囲の車を巻き込んで凄まじい爆発を起こしたのだった。




