Case16-2.『決戦』
日が暮れる。
橙から藍色に染まる空をレーナは自室で眺めていた。
「休憩にしますか?」
テーブルを挟んで向かい側に座るルカは決戦に備えた作戦を話していたがそれを中断する。
海志幇との抗争にはレーナとシアの力が不可欠だ。
またレーナは海志幇の狙いであり、また過酷な作戦の枢を担うには彼女は若すぎる。
不安を拭い、少しでも精神面が楽になるようにとルカはレーナとシアを交え、念入りに作戦を擦り合わせていた。
「ううん。いつ始まるかわからないんでしょ?」
「はい。……とはいえ、必要な事は殆どお話ししましたし、休んでいただいても問題はありません」
「そう。なら少し、休もうかしら」
レーナは隣に座っているシアへ体をもたれさせる。
憂いるように視線を落とす彼女の姿に気付いたルカは静かに腰を上げた。
「席を外します」
「気を遣わなくてもいいのよ」
「いえ。俺も一人で考えを整理したいので。部屋の前にはいますから有事にはすぐ駆け付けます」
「そう。……ありがとう」
ルカは会釈をすると傍に置いていたギターケースを持って退室する。
それを見送ってからレーナは体を大きく傾け、シアの膝に頭を乗せる。
「……シア」
彼の体に顔を埋め、思い出を辿る。
「やっぱり、寂しいわ」
小さな声が漏れる。
訪れる静寂。その中でシアの手が動く。
小さな頭にそっと添えられた手が彼女の髪を梳いた。
レーナは驚き、シアを見上げる。
相変わらず微動だにしない顔付きが彼女を見下ろしている。
それを見つめ返しながら、レーナは静かに微笑んだ。
「ありがとう。……でも、大丈夫よ」
レーナはシアの頬へ手を伸ばす。
白い肌を撫でる彼女の瞳には強い決意が宿っていた。
「今度は私が――貴方を救う番」
レーナの自室前。
扉に体を預けていたルカは中から聞こえる声に耳を傾けながら天井を見上げる。
(今回の作戦……恐らくこれまでで一番困難なものになる)
作戦の詳細を思い返しながらルカは顔を顰める。
彼が視線を正面へ戻せば、その先にはすっかり暗くなった外の景色があった。
(人手不足、標的、護衛対象……色々な要因はあるが、最もそうさせているのは――)
――みんなを、よろしくね。
彼の頭を過ぎるのは姿を消す瞬間のエミリオの姿と最期の言葉。
そしてそれを引き金に次々と館の仲間の姿が思い出される。
(――誰も、死なせてはいけないから)
これまで熟してきたどんな任務も、同じ組織の協力者はいれど、犠牲者の可能性は前提に動いてきた。
守るべきものは自分の命と使命の達成のみ。時には味方が死ぬことを前提として動いたことだってあった――身軽だったのだ。
だが、今回は違う。
館の誰一人として、この抗争で失う訳にはいかない。
それはエミリオとの約束やレーナを傷つけない為という事もある。
(けど、それ以上に……俺が、死んで欲しくないんだ)
仲間を死なせない為には最善の作戦を立て、常に細心の注意を払わなければならない。
作戦が失敗すれば誰かが死ぬ。
――自分が立てた作戦のせいで。
「……そうか」
ルカはふと指先の感覚に違和感を覚える。
視線を落とせば自身の手が小刻みに震えている事に気付いた。
「……これが、恐怖か」
(長い間、忘れていた気がする)
自分に増えた弱点。だがそれを煩わしく思う気持ちは不思議と湧かない。
ルカは両手を握りしめ、深く息を吸う。
(打てる手は全て打った。後は仲間に託すしかない)
自身に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせた。
刹那。
突如として絶え間ない銃声が夜の静寂を切り裂いた。
「――っ!!」
ルカは素早く身を屈めるとギターケースで頭を守る。
割れる窓ガラスが飛び散り、遮蔽物の消えた廊下へ飛び込んだ銃弾が壁や扉を打ち付ける。
「っ、来たか」
ルカはすぐに扉を開けるとレーナの部屋へ転がり込む。
「レーナ様!」
「ルカ!」
テーブルの下から声がする。
シアに抱かれたまま身を隠していたレーナがすぐに顔を出す。
シアもまた、ルカの存在に気付くとテーブルを蹴り上げて起き上がった。
「『来るなら今晩の可能性が高い』――ルカの言う通りね」
「気を抜いている暇はありません。直に館は攻めいられます」
シアがレーナを抱き上げたのを確認し、ルカは廊下へ向かう。
廊下には設置されていた銃はそれぞれセンサーで感知した敵へ向けて自動で攻撃を始めている。
ルカとシアは降り注ぐ銃弾の雨をすり抜けながら攻撃を受けている正門側とは逆――中庭の方へと向かう。
だがルカとシアの身体能力には差がある。
ルカは並走しているシアを横目に声を上げた。
「シアさん、先に行ってください!」
「っ、ルカ……!」
階段へ差し掛かり、一っ飛びで踊り場まで下りるシア。
ルカが数段飛びで遅れて着地するとシアは動きを止め、その場で腰を下ろした。レーナがルカへ手を伸ばしていたからだろう。
必然的にルカも同じような体勢を取り、念の為にギターケースを遮蔽物となるようにレーナの傍に置く。
「レーナ様」
伸ばされた手を握りながらルカはレーナを呼ぶ。
「元々ここからは別行動です。仮に共に動けたとしても中庭まで……俺のせいでその段取りが遅れるならここで別れた方が互いの為です」
「……っ」
「大丈夫です。どうせすぐに会えますから」
まだ何か言いたげにしていたレーナはしかし、唇を噛み締めるとそれを堪えた。
「……約束よ。これ以上、嘘で失望させないで」
「はい」
レーナはルカの小指に自分の小指を絡めると、自ら彼の手を離した。
「シア!」
レーナがシアを呼ぶ。
刹那、風と共に二人の姿が消える。
次にルカが見たのは階段を飛び降りる二人の背中だ。
だがそれもすぐに曲がり角の先へと消えてしまった。
彼は一つ息を吐くと、耳に装着した無線に触れる。
「こちらルカ。レーナ様とシアさん、予定通りに中庭へ向かいました」
『アルノルドです。地下のシェルターへ移動完了しました。以降支援可能。お二人の移動もGPSで確認済みです』
『了解。ルカさん、自分の持ち場へ向かって頂戴』
「了解。頼みました」
『任せなさい』
イザベラとアルノルドの無事と作戦の進捗を確認し、ルカは立ち上がる。
深呼吸をし、ベルトに忍ばせている拳銃を指でなぞる。
「…………さて」
そして、ギターケースを担ぎ、一歩足を進める。
「――決着をつけよう」
***
「さぁ!」
洋館の壊れた正門。
外庭から建物を包囲した海志幇の部下達を上機嫌に眺めながら、ズールイは声高らかに言う。
「――決着をつけよう」




