Case16-1.『決戦』
小鳥が囀る、心地よい朝。
廊下には数日前まで見覚えのなかった銃器が規則的に並んでおり、静まり返っていた。
この館で唯一人の気配があるのは食堂だ。
館の関係者全員がここに集い、テーブルで食事をとっていた。
「レーナ様はお部屋で食べていてもよかったんですよ?」
「いやよ。貴女達が揃ってご飯を食べるなんて、何か大事な話をするために決まってるわ」
コーヒーに口をつけながら、イザベラが気遣うような声掛けをするも、レーナは不満そうにそっぽを向く。
困ったようにはにかむ彼女の隣では仏頂面に磨きを掛けたルカがシアを静かに睨め付けていた。
「ルカさんは根に持つ性格ですね」
「あんな寝かされ方したら誰だって思う事くらい出てくるでしょう」
「ごもっともではありますね。ただ、初めてお会いした時はとても冷静な方だと思っていたので、いい意味で想像を裏切られたなと」
にこにこと穏やかに微笑むアルノルド。
やや皮肉や挑発が言動に混じるイザベラとは違い、今の彼の発言は善意や素直さを感じるものだ。
だからこそ、適当にあしらう事もできずにルカは戸惑う。
浮ついて落ち着かない気持ちを誤魔化すようにカップへ口を付けてから、ルカは話を切り出した。
「それで、アルノルドさん。ご準備の方は」
「問題ありません。つい先程済みました」
「間に合ったのね、よかったわ。アルノルドさんのお仕事は替えが効かない上に備える事も多いから少し心配だったけど」
「若い方々に比べて運動が不得意だというだけですよ。必要なものは全て用意しましたから、これで皆様のお役にも立てるでしょう」
「助かります」
「それで、作戦の方ですが……本当にこれ以上の情報は共有しないのですか」
「はい」
ズールイの能力を警戒し、作戦の共有は最低限に行う。
それがルカの方針であった。
その為大まかな動きや流れ、それをする必要性に当たる狙い、想定される行動パターンなどは共有されているがそれとは別にルカと当人の間でしか共有していない情報が存在していた。
「後は、状況に応じて俺から指示を出します。状況の共有だけは欠かさず行ってください」
「司令塔の貴方がやられれば勝ち目はないわね」
「やられませんよ。俺も、皆さんも」
ルカがレーナへ目配せをする。
その視線に安心するように、レーナは微笑んだ。
「では、忘れる前に」
アルノルドは何種類かの機器をテーブルの空いているスペースへ広げる。
人数分揃えられたそれらの内一種は日頃ルカ達が常用している無線機によく似た、イヤホン型の機器。
「こちらは耐久性と音質を向上させました。全体と個人それぞれにチャンネルを合わせる事も可能です。また、現在地は常に把握できます」
二つ目は時計型コンピュータ。世間で流通しているのはスマートフォンに似た機能を搭載しているものだが、アルノルドが用意したのはその型を模した別物だ。
「こちらはGPS機能によって把握した他の方の現在地を視認する事ができます。また撮影機能もありますから写真や動画などによる共有も可能です」
「よくこんなもの一から作れますね」
(報告書で把握はしていたものの……)
ルカは感心したように時計型コンピュータを眺める。
「経験と知識、あとは組織からの援助あっての賜物ですよ。ルカさんならその気になれば作れるかもしれませんね」
「無茶言わないでください。専門性なんてその人の特性であり強みでしょう。要領の良さや知力だけじゃ敵いませんよ」
(アルノルドさん自身も、構成員として求められるだけの身体能力はある。が、彼がレーナ様の護衛に付けられたのは恐らく機械周り、武器周りの知識や技術に精通しているから。彼一人だけで下手をすれば何十、何百を殺せるきっかけを作ることができる)
「ここは滅茶苦茶なところですよ、本当に」
「あら、貴方が言うのね?」
クスクスと笑うイザベラは無線機と時計型コンピュータを一つずつ手に取ると、最後に残った機器――ボタン電池のようなものを一つ摘む。
「これは、皆んな持っていていいの?」
「ええ。念の為」
「誰か一人にだけ違う物品を渡せばその人が何を任されたのかバレてしまうかもしれないものね?」
「そういうことです。おかげで、アルノルドさんには随分無理を敷いてしまいましたが」
「構いませんよ。ここまでの無茶振りはここに来て以来初めてでしたので、寧ろ新鮮に取り組ませていただきました」
「ですって」
「……すみません、本当に。助かりました」
「ありがとう、アルノルド」
レーナは椅子から降りるとアルノルドへ近づき、彼の手を取る。
皺の寄った手を小さな両手がしっかりと包み込んだ。
眼鏡の奥で静かに目が開かれる。
「どういたしまして、レーナ様。老いぼれがこんなにお役に立てるなんて、光栄な事でございます」
「全部終わったら休んで頂戴。皆んなでゆっくり休んだり遊んだりするの」
「あら、いいですね! バカンスですか? 楽しそう」
「そうでしょう」
レーナとイザベラは楽しそうに作戦後の予定を話し始める。
それを眺めるアルノルドは目尻に皺を作りながら柔く笑っていた。




