Case15-4.『納得のいく終わりの為に』
レーナと話を終えたルカはイザベラとアルノルドを医務室へ呼ぶ。
直前までのレーナとの会話に沿って考えた計画が彼の口から打ち明けられ、イザベラとアルノルドは顔を強張らせた。
「……確かにルカさんの推測は一理ありますが、それではレーナ様が危険に晒されるのでは」
「このまま海志幇を放置していてもそれは変わりません。例え俺達が身を隠そうと、日本にいる限りいつかはまた襲われます」
「なら今のうちに、と。言いたい事はわかるけれど、だとしてもこの人数は無謀よ」
「それを可能にする為に俺がいるんです」
「……ほんと、可愛くないわ」
ルカの知力について、イザベラとアルノルドは既に把握している。
それは実際に目の当たりにした経験だけではない。
あまりに若い彼が組織の上層部の一人に太鼓判を押されてこの館へ派遣されたという事実が彼の優秀さを証明していた。
だからこそ、はっきりと言い切る彼は確かな根拠と自信を持っていると悟らされるのだ。
「イザベラ、アルノルド……お願い」
やれやれと大きく肩を竦めるイザベラの服をレーナが控えめに掴む。
「シアに、もう大丈夫って思ってもらいたい。心残りを、消してあげたいの」
「……レーナ様」
彼女の言葉が予想外だったのだろう。
アルノルドは眼鏡の奥でゆっくりと目を見開いた。
少し間を置いて、彼は目尻に皺を作って微笑んだ。
イザベラもまた困ったように笑みを溢したが、すぐにルカを横目で捉えると白々しく呟いてみせる。
「一体誰の入れ知恵かしら」
何となく気恥ずかしくなり、ルカはすぐに視線を逸らす。
アルノルドはそんな二人のやり取りに品のいい笑いを漏らす。
「提案したのはルカさんでしょうが……少し前までのルカさんであればこうはならなかったでしょう。この選択に思い至ったルカさんも、そしてご決断なされたレーナ様も、大きく変化なさった。……その結果でしょう」
「すっかり絆されちゃって」
「絆されてはいません」
「無理があるわよ、それ」
いくつかの笑い声が溢れる室内。
和やかな空気が暫く続いた後、ぼんやりとしているシアを視界に捉えてからアルノルドは手を打つ。
「では、出来る限りの支度を整えてしまいましょう。……イザベラさんも、それで構いませんね」
「ええ。一肌脱ぎましょうか」
「ありがとうございます」
ルカは深く頭を下げる。
その後、医務室に集まった者達で来たる決戦の日に備えた方針を練る。
それぞれの特性を活かした役割分担。事前に備えられる事と決行してからの行動パターン。
周辺地域の地形やルートの確認など。
それからの数日をルカ、イザベラ、アルノルドはそれぞれ忙しなく過ごし、レーナは残されたシアとの時間を大切にした。
作戦を練った四日後、深夜二時。
休養という二文字を頭の外へ追いやったルカは自室の机に向かい、大きな紙にペンを走らせていた。
机の上で十枚は重なった紙。
床は更に多くの用紙がカーペットの大半を埋め尽くすように散っていた。
ぶつぶつと独り言を吐き続ける彼の声を止めたのは扉を叩く音だ。
隈のできた目をそちらへ向ける。
僅かな時差を伴ってからルカは立ち上がり、扉を開けた。
「はい……って、レーナ様」
「ルカ…………」
「まだ寝てなかったんですか」
心配そうな顔をして待っていたレーナは明らかに疲れ果てた様子のルカを見て目を丸くした後に深い溜息を吐いた。
「やっぱり」
「何ですかやっぱりって」
「どうせ根詰め過ぎてるだろうから部屋から引っ張り出しなさいってイザベラが」
レーナの言葉の通りに話すイザベラの姿を想像し、ルカは肩を竦めた。
「出て来ないならシアに抱っこさせるわ」
「勘弁してください」
レーナが言うや否や、シアの両腕が僅かに動いたのをルカは見逃さない。
ルカはすぐに廊下に出ると後ろ手で扉を閉めた。
「何してるの? あの日からずっと部屋に篭ってるでしょ」
「覚醒者への対抗策の準備ですよ」
「ズールイの?」
ルカは頷く。
ズールイの『人の思考を視る』能力。
それの対策を自分に一任して欲しいとルカは仲間に頼んでいた。
「考えを読まれるんでしょう? 対策のしようなんてあるの?」
「ないならあんな風に啖呵切ったりしませんよ」
「何も考えないとか……? あと、馬鹿になるとか」
「俺にはできない芸当ですね」
嫌味に聞こえかねない言葉を事実として述べるルカの態度にレーナは呆れる。
しかしそんな彼女自身も、知能が低下したルカの姿など一切思い浮かべられなかった。
無理矢理想像した『頭の悪いルカ』の滑稽さに遅れて笑いが込み上げたレーナは慌てて俯いた。
「何ですか」
「な、何でもないわ」
しかし肩の震えを抑える事ができず、ルカに気付かれてしまう。
怪訝そうにレーナの様子を見ていたルカはすぐに言及を諦め、話を戻した。
「まあ、仮にレーナ様の想像通りだったとしても、俺は何も答えられませんけど」
「……考えを読まれるから?」
「そうです」
「じゃあ、彼の対策については誰にも言わないの?」
「はい」
「でも、ルカの考えを読まれたら結局一緒じゃない」
「はい。だから俺は遠距離から支援します。幸い、俺は近接戦闘よりも狙撃の方が得意ですし、大したデメリットにはなりません」
レーナは出会った直後の襲撃で彼が扱っていた獲物――スナイパーライフルの存在を思い出す。
「結局、隠し事は絶えないのね」
「代わりに、言えないと伝えているじゃないですか」
「確かに。充分な変化ね」
秘密主義な質が消えない事を揶揄いながらもレーナは笑みを溢す。
ルカ一人に重大な責務を任せる事への罪悪や不安はあったが、彼が望んで請け負った役目だ。
彼の策に乗じ、行く末を見守ろうとレーナは決めたのだった。




