Case15-2.『納得のいく終わりの為に』
レーナの肩がびくりと揺れる。
緊張から手を組み、身を硬くさせる彼女の反応はルカの想定通りのものであった。
ルカに与えられた使命、レーナの想い、そしてシアの不安定な立場。
それらを抱えたルカ達はこれ以上のすれ違いを避ける為にも腰を据えて話をしなければならない。
「シアさん、空いている椅子を使ってください」
椅子に座っているレーナの後方で佇んでいるシアにルカは声を掛ける。
彼が近くの壁に寄せられた椅子を指せば意図が通じたのか、シアはそれをレーナの隣まで運び、腰を下ろした。
それを確認してからルカはレーナを見る。
「……先程も話した通り、俺はシアさんを殺したくありません。きっと、殺す事も出来ない」
レーナは静かに頷きを返す。
しかしその視線はルカから逸らされ、下へ向けられていた。
その後に続く言葉を悟っているかのように。
「けど……このままシアさんとずっと一緒にいる事は出来ません」
流浪者はいつか人ならざるものとなる。その運命を避ける術はない。
このままではシアはいつか必ず怪物となる。その時、彼がレーナや他の仲間を殺すような事があってはならない。
「シアさんに、レーナ様達を殺させる訳にはいきません。だから……」
シアの濁った瞳がルカを映している。
それを視界の端で感じながら、ルカは手を握り締める。
「――探しませんか」
レーナは未だ顔を伏せている。
しかし投げ掛けられる話から逃げようとしている訳ではないという事をルカは知っている。
「シアさんの、心残りを」
沈黙が訪れる。
ルカはレーナの言葉を待つために口を噤んだ。
(レーナ様は賢い。シアさんを異形にしない為には彼が流浪者となった要因――彼の生前の心残りを清算するしかないという事はわかっているはずだ。……そしてそれが、シアさんと別れるきっかけになるという事も)
流浪者が死という運命を拒絶してまで現世に残るに至った心残り。
それを清算するという事は即ち、流浪者が現世に留まる理由が消えるという事であり――流浪者の消滅を意味する。
心残りが消えると同時に、流浪者は現世から消える。……エミリオのように。
シアを大切に思うレーナにとって彼との離別は耐え難い悲しみと苦痛を伴う。出来る事ならば二度と離れたくはないだろうし、少しでも長く時間を共有したいはずだ。
だが一度死んでも尚レーナのもとを離れようとはしない彼が、理性なき怪物となる事を望んでいない事も明白。
だからこそレーナは選択しなければならない。
自分とシアがどちらも受け入れられる結末を。
客観的に見れば彼女が取るべき選択は一つだけ。
だがその選択を他人が強要すべきではない。
レーナ自身が考え、納得し、決断しなければ意味がない。
それでなければこの先に待つ別れにレーナ自身が納得できないだろう。
そう考えたからこそルカは提案を投げ掛けたまま、レーナが決断を下す時を待った。
暫くの間、レーナは口をかたく引き結んで俯いていた。
膝の上に置かれた両手がワンピースの裾をきつく握りしめ、皺を作る。
「……シア」
やがて彼女の小さな口が動く。
掠れた声がシアを呼ぶと同時、レーナは椅子から離れると彼へと近づく。
広げられた両腕。彼女の意図を理解したらしいシアは彼女の腕の中に擦り寄るように頭を下げた。
「シア……シア」
小さな手がシアの黒髪を優しく梳く。
声を震わせ、涙を流しながらレーナは何度も彼の名を呟いた。
「ありがとう、シア」
ふと、レーナが彼の懐へ潜り込む。
シアはレーナを抱き上げると自分の膝の上に乗せた。
胸の中に顔を埋める彼女が落ちないように支えてやりながら、シアはぼんやりと虚空を見ていた。
「……ごめんね。ずっとシアの気持ちを無視して」
小さな肩が震えている。
しかし弱々しかった声は徐々に鮮明なものへと変わっていく。
「もう大丈夫。大丈夫よ、わたし。……だから」
シアの胸から顔を離したレーナ。
その表情には強い決意が宿っていた。
レーナはシアの顔を見上げ、微笑む。
そして濡れた顔を袖で拭ってからルカへと向き直った。
「……ルカ」
「はい、レーナ様」
レーナの瞳がルカを映し出す。
「探すわ。シアの、心残り」
「……はい」
近づく離別の悲しみを抱えながらも、彼女の決意は揺らぐ気配がない。
レーナは強がるように口角を上げ、胸を叩く。
「任せて。シアの事なら、わたしが一番わかるもの」
「それは、心強いです」
意見は一致した。
後は、シアの心残りに目星をつけ、清算する算段を立てるだけ。
彼の心残りについて確証を得ることは困難であっても、清算のためにすべき事を確立させる事自体はそう難しくはないだろうとルカは思った。
少し冷めたスープを三人で食べながら、ルカが話の主導権を握る。
レーナの顔には未だ悲しみが残っていたが、それでもその感情を懸命に抑え込み、ルカの話に耳を傾けていた。
窓の外。酷かった雨はいつの間にか弱まっていて、シトシトと小雨の気配だけが残っていた。
ルカは自身の膝の上で手を組むとレーナを見つめ、話を再開させた。




