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Case14-2『仲直り』

「……っ!」

「嬉し涙に変えてあげなさい」


 ルカは静かに頷く。

 そしてイザベラから受け取ったヘルメットを被るとバイクへ跨る。


「いってらっしゃい。戻ってきたら皆んなで温かいスープでも飲みましょう」

「……イザベラさん以外が作ったものでお願いします」

「あら、何か文句でも?」


 イザベラの笑顔から圧が現れる。

 それを感じ取ったルカはすぐさまバイクのエンジンを掛け、彼女から離れるのだった。


 あっという間に姿を消すルカ。

 彼の後ろ姿を見送ったイザベラは静かに目を細める。


 暫くの間、雨に打たれながら佇んでいた彼女はふと視線を落とす。


「……馬鹿ね」


 抜け殻になった服。それを指でなぞりながら彼女は瞳を閉じた。

 瞼の裏に過ぎるのは喪った仲間がいた過去の光景。


 少女を取り囲みどれだけ普通を装っていたって、集うのは皆暗い世界の住人。

 表と裏の社会の狭間。そんな歪な館の中。

 誰よりも普通を装い、持ち前の明るさで周囲を巻き込んできた彼の存在は、間違いなくあそこに必要だった。


「……終わらせられたのね?」


 裏社会に迷い込むにはあまりにまともで、生きづらかったであろう青年。

 彼が思い悩む背中を何度も見てきたイザベラは、彼が誰の手も借りずに姿を消した事――生前の心残りを精算できた事に安堵する。


「よかった」


 くすりと笑う気配が雨の音に消えていく。


「地獄で会いましょう」


 もしこの先に再会の未来があるならば、それはきっと天国ではない。

 手を汚し続けてきた自分達が向かうのは地の底だろう。


 誰もいない道の片隅。

 イザベラは仲間の喪失に浸りながら静かに微笑んだのだった。



***



 無線によるアルノルドからのナビゲーションを受けながらルカはバイクを走らせる。


『近くです。次を左に曲がって――』

「っ!」

(人の気配……っ!)


 アルノルドの指示通りにハンドルを切ろうとしたルカはその方角から飛び出す人の気配に気付き、ブレーキを踏んだ。

 甲高い音を立てながらタイヤがアスファルトを摩擦する。

 車体を大きく傾け、勢いを殺し切ったところでルカは地に足をついた。


 目の前にはシアに抱かれたまま怯んでいるレーナがいた。


「レーナ様」


 車体を止め、ヘルメットを外す。

 丸い瞳が見開かれた。


「ルカ……」


 ルカはヘルメットをハンドルに掛けるとバイクから離れる。


「来ないで!」


 しかし、すぐに拒絶の声が上がった。

 ルカはレーナやシアと向き合ったまま動きを止める。

 自分が話さなければとレーナを追ったのはいいものの、こうなった時に何を話せばいいのか、ルカには思い当たらない。


(その場凌ぎの嘘ならいくらでも出せる。でもそれをする為に追ってきた訳じゃない)

「レーナ様……」


 言葉が出ない。

 自分が話したいと思い、ここに立っているのに、正解が分からず困り果てている。

 ルカは自分のチグハグな状態に焦りを募らせる。

 その時だった。


「……嘘吐き」


 小さな口が戦慄く。

 一度言葉が絞り出されたかと思えば、突然、堰を切ったようにレーナは繰り返す。


「嘘吐き……っ、嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き嘘吐きうそつき……っ、うそ、つきぃ……っ!!」


 悲鳴のような泣き声と共に吐き出される言葉をルカは正面から受け止める。

 ――バレなきゃ真実と同じじゃないですか。

 本心を明かさない自分を批判したエミリオへ、ルカはそう答えた。


 あの時の自分なら、今目の前に広がる光景に思う事もない。嘘は吐いていないと平然と答えていたのだろう。


(……そう。俺は自分の使命について嘘は吐いていない。話さなかっただけ)


 そう逃げ切る為の、万が一の布石だった。

 過去の自分が言いそうな言葉。それを心の中でなぞりながらルカは目を伏せる。


(前までなら、そう言ったんだろう)

「思った通りだった! 結局ルカはシアとエミリオを殺しに来たんだ……! そうでしょうっ!?」


 レーナはその歳にはそぐわず賢い。

 シアがいなくなった時の代わり。館にルカが配属された理由がそれ以外にもある可能性も頭の片隅にあったのかもしれない。


 だからこそ彼女は最初、自分を強く拒絶したのだとすれば、あの頑なさにも合点がいくとルカは納得する。


 レーナが抱いていたその予感は確証ではなく、あくまで一抹の不安。

 それを消したのは理屈と偽りで塗り固めた薄っぺらな言葉であり、自分が彼女の警戒を解いて信頼を勝ち取ったのだ。


 疑念を消し、この人ならば大丈夫と思い込ませた。

 そして結果は、消えた疑念こそが正しかった。

 そんな真実を悟ったレーナが憤りと悲しみに苛まれ、裏切られたと感じるのも当然の事だ。


(この状況を作ったのは、俺だ)


 知らなければ変わらずにいられただろう。

 心を掻き乱される事もなかっただろう。


 だが変わってしまった。そして前のように戻る事もできそうにない。


(なら、せめて――)

「――レーナ様」


 レーナの方が大きく跳ねる。

 それに気付きながらルカは深く頭を下げる。


「っ、そんな事したって、今更騙されないんだから!」


 しゃくり上げるレーナの声をルカは受け止める。

 言葉に詰まり、目をかたく閉じていた彼はやがて、ゆっくり口を開いた。

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