Case14-1『仲直り』
『ルカさん、聞こえますか』
「こちらルカです」
『すみません。もしかしたらレーナ様がそちらに』
「先程の会話を聞かれていたんですね。すみません、逃げられてしまいました」
『既に接触した後でしたか……。連絡が遅れて申し訳ありません。現在イザベラさんに後を追っていただいています』
『あまり心配しないで。レーナ様とシアさんの所持品にはそれぞれGPSを付けているから場所は追えるわ』
アルノルドの声に次いで女性の声――イザベラが会話に入る。
『それでルカさん、そちらは終わったの?』
バイクでの走行中だろう。
雑音が多い音質の中、イザベラが問う。
「はい。……俺は、必要ありませんでしたが」
『…………そう』
やや長い沈黙の後、短い返事が返された。
「それと、レーナ様の件ですが俺も向かいます」
『ルカさんは一度お戻りください。ただでさえ無茶をしているのですし、何より今のレーナ様が冷静にルカさんとお話しできるかはわかりません』
「わかっています。でもここで身を引いてイザベラさんがレーナ様を連れ戻せたとしても、その状況はきっと変わらない。寧ろ時間が空けば空くほど溝は深まるでしょう」
ルカはレーナ達が去って方角を見やる。
「今、俺の口から真実を語るべきです」
ルカはアスファルトを蹴り上げる。
ここで突っ立っている事。それだけは避けなければならないと思った。
例え居場所が定かではないとしても、アルノルドやイザベラの承諾が降りていないとしても、この選択と行動だけは自分の意志で踏み切らなければならないと思ったのだ。
『それも私情?』
イザベラが問う。
濡れて、額に貼り付く前髪を掻き上げながらルカは苦笑した。
「そうですね。尤もらしいことを言うのは得意ですが、きっと根本は理屈から程遠い」
『……全く。私達のせいでもあるのだから、尻拭いくらいさせてくれてもいいのに。……欲張りさんね』
『イザベラさん』
『行かせてあげましょう、アルノルドさん。今のこの子なら、きっと最初の時のようにはならないわ』
未だ物申したげなアルノルドをイザベラが宥める。
暫しの沈黙の後、無線から落ち着いた声が聞こえた。
『わかりました。くれぐれも無茶はされませんよう』
「善処します」
『現在地を教えて頂戴。合流しましょう』
「はい」
ルカは現在地と、進行方向を簡潔に伝える。
そのまま進んでくれというイザベラの指示に従い、ルカは走り続ける。
「アルノルドさん、イザベラさん、ありがとうございます」
『……構いませんよ』
アルノルドの穏やかな声が返される。
『不安がないと言えば嘘にはなりますが……。若い子達の好きにさせてあげる事も、歳を重ねた者の役割ですから』
次いでレーナ達の居場所を口頭で伝えられる。
未だ二人は移動中だが、位置はさして離れておらず、その速度自体も追い付けない程のものではないとアルノルドは話す。
(恐らくはシアさんだろう)
シアの感情や理性は限りなく希薄ではあるが、それでもレーナが絡んだ時の彼は彼女を救う為に最善の選択を取る。
シアの力は強力だ。だがどれだけ優秀だろうと単体では組織単位の脅威に太刀打ちできない事を、彼は身を以て知っている。
例えレーナから命令を受けていないとしても、主人の身に危険が降り掛からないよう移動範囲を限定する事だって彼は選べるだろうとルカは納得した。
レーナの気が済むまで彼女に付き合いながらも、仲間が自分達へ追い付く事を待っているのだ。
ルカは大通りに差し掛かったところで道を左に曲がる。
その時だ。低いエンジン音が彼へと急接近した。
視界へ飛び出したのは一台のバイク。
それは急ブレーキを掛けながらルカの目の前で停まった。
ライダーがヘルメットを取る。
イザベラは髪を振り乱してからルカへと笑みを向ける。
「イザベラさん」
「運転、できるの?」
「……一応。イザベラさん程ではないでしょうが」
「充分よ。子供のお迎えに行くだけなんだから」
ヘルメットを投げようとしたイザベラはルカの腕の中に収まる衣類を見つけて動きを止める。
彼女はバイクから降りるとルカの前に立つ。
二人の視線が交わる。
「すみません」
「何が?」
「……いえ。恐らくレーナ様を泣かせてしまいました」
雨に打たれていて定かではないが、恐らくは雨に紛れて流れた雫があっただろうとルカは悟っていた。
「ああ」
そしてルカが館にやって来て間もない頃、イザベラは彼へ忠告をした。
次にレーナを泣かせる事があれば許さないと。
当時の事を思い出し、イザベラは苦笑する。
「そしてこれから、俺はもう一度レーナ様を泣かせてしまうかもしれない」
「……仕方がないわ。今回に関しては私達にも落ち度があるもの。……そっちは貰うわ」
「お願いします」
会話をしながらイザベラはルカが持っていた服を指す。
二人はヘルメットとエミリオの服を交換した。
「何もね、泣かせる事が絶対的な悪ではないのよ。嬉し涙というものがあるくらいなのだから」
「……はぁ」
何か言いたい事があるのだろうかと足を止めたままのルカへイザベラは笑い掛ける。
「どうせ泣かせてしまうのなら、三回、泣かせてしまいなさい」




