Case13-3『合格』
上手く言葉にはできないが、ほんの僅かな共感が生む違和感をルカは感じていた。
言葉を見つけられないルカを見てエミリオは満足そうに目を細める。
「温かいご飯、家族みたいなくだらない会話と何気ない日常……それは普通の暮らしに比べれば随分歪だけど……偽りでもいいんだ」
言葉を続けられないルカの代わりにエミリオが再び話し始める。
形を失っていく彼の体は、まるで砂時計のように残された時間を視覚化して伝える。
「二度と『普通』を手に入れられないボクらにとって、あれ以上の輝きはない……少なくともボクらにとっては『本物』で、幸福の象徴だ」
ルカはかつての自分の生き方を思い返す。
組織に属してからの生活は常に孤独で、殺伐としていた。
……今とは、全く違う。
「あそこはキミに悪意を剥くことはない。傷つける事もない。だから、甘んじて受け入れてあげてよ」
ルカは今一度、消えていくエミリオの姿を真っ直ぐ見つめる。
視線が交わる。
エミリオはゆっくりと目を細めた。
「そうすればキミはもっともっと変わっていく。……弱さと同時に唯一無二の強さを手に入れられる」
「……エミリオさん」
ルカは深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
エミリオは数度瞬きをすると声を上げて笑った。
顔を上げたルカの視線の先、残った片目がルカを映していた。
「さよなら、ルカくん。レーナ様を……みんなを、よろしくね」
「…………はい」
守れるかもわからない約束。
だが躊躇しながらも、最後に託された望みをルカはしっかりと受け取った。
ルカへ向けられた瞳がゆっくりと閉じられる。
刹那。
残されていた体が一瞬にして崩れ落ちる。
エミリオが立っていた場所には彼の衣服が落ちているだけだった。
激しい雨の音が訪れるはずの沈黙を掻き消す。
雨に打たれたまま立ち尽くしたルカはやがてゆっくりとエミリオの服へと近づく。
腰を下ろし、それを回収する。
少し前まであったはずのエミリオとの日常が過り、ルカがかたく目を閉じた矢先。
「……ル、カ?」
――後方から幼い少女の声がする。
感傷に浸りかけていた思考は急速に冷え、現実へと意識を引き戻される。
「……っ!」
背筋が凍る感覚を覚えながらルカは素早く振り返る。
シアに抱き上げられたレーナは雨に濡れたまま茫然とルカを見ていた。
「レーナ、様」
(っ、気配に気付かなかった……っ! シアさんのせいか)
気配を消して近づく術を持つシア。彼はレーナを抱えたまま可能な限り気配を消してルカの傍まで近づいたのだろう。
(俺を追ってきたという事は、きっと先程の会話も聞かれていたはずだ)
振り返ったルカの腕にはもぬけの殻になったエミリオの衣服が、片手には拳銃がある。
言い逃れはできない。レーナはこの状況を目の当たりにして、何が起きたのか理解できないような子供ではない。
「え、エミリオ……ルカ、エミリオは、どこ…………?」
それでも問わずにいられなかったのはこの絶望的な状況が覆るかもしれない可能性を期待したからだ。
だが、レーナの望みが叶う事はない。
どうするべきか。どう声を掛けるべきか、言葉を選ぶべきか。
正解が分からずルカは項垂れる。
ずぶ濡れになった小さな顔がゆっくりと歪む。
レーナは両目からいくつもの涙を溢れさせながらへらりと歪で弱々しい笑みを浮かべる。
その瞳が濁る。
「レーナ様」
ルカが一歩前へと進む。
刹那。
「っ、シア!!」
レーナは声を荒げる。
泣き叫ぶような、縋るような甲高い声。
それに名を呼ばれた瞬間、シアは瞬きの間に姿を消す。
――レーナを連れたまま。
「っ、レーナ様! シアさん!!」
置き去りにされたルカは一人その場に立ち尽くす。
レーナを追わなければならない。それを理解していても動く事ができない。
純粋な身体能力ではシアに追い付けない。
そもそも奇跡的に追い付けたとして、彼女に何を話せばいいというのか。
自分は彼女の大切な人を殺す使命を負っていると、二度目の死を見届ける為に近づいたのだと、何かを悟っただろう彼女に話すべきなのか。
だがそれを話してどうなる? 彼女の心の壁は分厚くなり、出会った当初よりも大きな拒絶に直面するのではないか。
いくつもの憶測が頭の中を飛んで止まない。
(アルノルドさんたちに連絡をして、これ以上刺激しないように俺は戻った方が――)
シアの追跡を他の仲間に頼み、自分は暫くレーナとの接触を避けるべきでは。
……そんな考えは途中で途切れる
――レーナ様を、みんなを、よろしくね。
「とんでもない、面倒ごとを押し付けられた気がするな」
ルカは深く息を吐く。
一度強く目を閉じたルカはやがて意を決したように瞼を持ち上げる。
素早く拳銃を懐へしまうと、彼は無線でアルノルド達へ連絡を入れようとする。
しかしそれよりも先、僅かなノイズと共にアルノルドの声がルカの無線から響く。




