Case13-2『合格』
どうしても自分がエミリオを見つけ出したかった。
その気持ちが私情であることも理解していた。
だが……そもそもとして、何故自分はエミリオを追うことを選択したのか。
追いついた先で何をしたかったのか。
今更そんな疑問を抱く。
「キミは弱くなった。……けどそんなキミの姿をボクは喜ばしいと思うよ」
「エミリオさん」
「大丈夫。弱さと同時に得られる強さだってある。キミはもっと強くなれる……だから、今のその気持ちを忘れないでね」
ルカは険しい表情で銃口の先を睨み続ける。
だがその手は小刻みに震え、とても照準を合わせることができる状態ではない。
(この人の言う通りだ)
緊張から荒い呼吸を繰り返すルカは強く目を閉じる。
そしてゆっくりと銃口をエミリオから下ろした。
(今の俺には、この人を撃てない)
これでは何の為にここに来たのかわからない。
そう自身を責め立てるも、改めて銃を構える気にはならなかった。
なぜだか結果は変わらないような気がしたのだ。
「それでいいんだよ」
穏やかな声が掛かる。
その時だ。
エミリオの欠損した箇所から漂う煙が突如として細かな灰へと変貌する。
「……大丈夫。きちんと、間に合ったから」
実体を持った物質へと変化したそれは降り注ぐ雨粒に紛れてサラサラとアスファルトへと落ちていく。
それだけではなかった。
エミリオの人として残っていた体もまた、同様に灰となり始めていた。
「っ、エミリオさん」
「だいじょーぶ。言ったでしょ、間に合ったって」
体の先から徐々に形を失うエミリオ。
その姿に動揺を滲ませるルカへ、彼は相変わらず優しい声で話し掛ける。
「ボクはキミ達を傷付けたりしない。人としてちゃんと居なくなるよ」
「それは……」
流浪者が二度目の生を終わらせる方法。
――この世の未練を消す事。
彼はそれをやり遂げた事を仄めかした。
そして彼の未練がどんなものであったのか、ルカはもう悟っている。
「ヒヤヒヤさせてごめんね。……あ。それと、皆んなによろしく伝えておいて」
「エミリオさん」
「なーに?」
消えていく片腕を持ち上げ、その様子を眺めながらエミリオが首を傾げる。
「どうして異能を使ったんですか」
ルカの頭を過ぎるのはショッピングモールで海志幇から逃れる道中のことだ。
彼は逃走を助力する為に異能を使った。
その異能の効果範囲が普段より広大なものであった事をルカは察している。
そしてその無理が祟った結果、彼は異形と化すまでのタイムリミットを縮めてしまったのではないかと推測していた。
「あの時、力を抑えていればもっと長く……」
「んー、わかるでしょ」
「……わかりません」
「違うね、わかりたくないだけだ」
ルカは眉間に皺を刻む。
込み上げる胸の不快感に耐えるように奥歯を噛み締める。
エミリオの言う通りだ。
彼の選択の理由。それに心当たりはあった。
だがそれでも腑に落ちないところがある。
「出会ってまだ間もないんですよ」
「そうだね」
「俺はあんたの事、どうでもいいって思ってたんですよ」
「知ってるよ」
「不毛だ、こんなものは」
「そうかな」
死の間際だというのに、エミリオはくつくつと愉快そうに笑う。
彼は近い過去を振り返り、目を細めた。
「理屈じゃないんだよ、こういうのは」
ルカは理解している。
理屈だけで生きていけない人間もいる。
彼が今、エミリオの前に立つのも同じ理由なのだ。
「あの館は少し不思議なんだ。皆んな、裏社会に染まった、歪な人達の集まり。……なのに、一般人の真似事をして、寄り添って……それが心地良くなって。気付いたら周りの人達が、皆んなで過ごす毎日が大切で仕方なくなっている。これまでも皆んなそうだった。……そして、キミもそうなった」
ルカの黄緑色の瞳が揺れる。
組織の駒として完全無欠であった彼の欠陥。
その鱗片を見たエミリオは満足そうに笑みを深めた。
「キミは誰よりも歪だ。その歳でキャリアを積んでいるキミはさぞかし冷酷な人間だったんだろう。……けど、そんなキミが少しずつ変わっていく姿がね、他者を理解しようとし始めたキミが……キミの変化が、ボクは嬉しかったんだ」
笑みを浮かべるエミリオの顔が欠けていく。
痛みは感じないのか、彼は未だ穏やかな顔をしていた。
「気付いたら世話を焼いていたり、キミの反応を揶揄って楽しんだりしてしまって。そうしている内にキミはボクにとって大切な人達の一人になっていた。思い入れが強くなっちゃったんだろうね」
ルカへ向けるエミリオの瞳はとても優しい。
「キミを死なせたくなかった。それだけだよ」
「…………わかりません」
エミリオの言葉を聞いて尚、ルカは理解することを拒む。
彼は顔を歪めながら声を絞り出した。
「自分の命より優先するものが、あるんですか」
「合理的ではないって思う?」
「はい。合理的ではありません。俺には理解できません」
人は死んだらそこで終わり。その先はない。
例え流浪者として二度目の生を手に入れたとしても、必ず終わりは来る。
……自分が死んだ先の事を優先する事など、馬鹿げている。
「……でも、否定もできない」




