Case11-7.『残虐な少年』
「ある程度予測してた事ではあるけど、外もえっぐいなぁ」
駐車場に蔓延る異形とを眺め、エミリオが苦く呟く。
建物を出たものの、予め外に配置されていた敵の発砲は止まず、生存者を見つけた異形は車へ飛び掛かる。
だがイザベラの荒々しいハンドル捌きは銃弾がタイヤへ命中する事を避けていく。異形の数体が進路を塞ぐように車の前へ立ち塞がるも彼女が怯む事はなく、容赦なく撥ねられた異形の体が罅だらけのフロントガラスへ打ち付けられ、車の脇へと転がっていった。
「っ、追手だ」
駐車場を抜け、道路へ出た頃。後方からエンジンをふかす音がいくつも上がる。
後方で動き出した何台かの車を見つけたエミリオはそれを共有する。
「やっぱり一筋縄じゃいかないか……って、ルカくん!」
エミリオは車内へ視線を戻した時、ルカの顔色が悪い事に気が付く。
腹部を損傷させたルカは出血部位を布で圧迫させながら歯を食いしばる。
「撃たれたのか……! ちょっと待って、応急処置を」
「ルカ……!」
「大丈夫です」
身を乗り出し、持ち合わせの道具で応急手当を試みようとするエミリオ。彼を横目に見ながらルカは片手を上げて制した。
「もう少しくらいなら持ちます。……それより、先にあれを撒いた方がいい」
ルカは座席の陰から後方を見やる。
五台の車が凄まじい速度でルカ達を追いかける。
しかし敵は勿論の事、イザベラもまた速度制限を大きく無視している為に距離が縮まる事はない。
しかし追っては周囲に無関係な車が通っている事もお構いなしに銃を乱射している。敵をどうにかしない事には落ち着いて治療を施す事も難しかった。
「本当に平気なんだね?」
「はい。……強がって死ぬなんて本末転倒でしょ、そんな無意味な嘘吐きませんよ」
後部座席の真ん中に座っていたレーナがルカの顔と彼の傷口を交互に見やる。
不安から顔を曇らせるその表情に気付いたルカは肩を竦めて苦笑した。
レーナの不安は拭え切れないようであったが、彼女だけに気を遣ってやれる余裕が今のルカ達にはない。
イザベラはミラー越しに敵の車を確認しながらハンドルを捌く。
「まあとにかく、あれを引き離せばいいのね」
「はい。恐らく警察もやって来るので、そうなる前にこの車は乗り棄てたいです。組織へ連携を取り、合流しましょう」
右へ左へと急ハンドルを切り、車体を大きく傾けながらイザベラは前方の車を避けていく。
交差点へ差し掛かり、信号が赤へと変わる。だがイザベラはブレーキを踏まない。
車体は速度を維持したまま交差点へ突っ込む。徐々に加速し、横切る車の隙間を練るように前進した。
急ブレーキを踏む音、クラクションが鳴り響く音を響かせながら左右の車が次々と動きを止める。
交差点を突き抜けた車を追い、海志幇の車が更に交差点を突き進む。
しかしアクセルを踏みぬいた車が不規則に停まった車の間をすり抜けるのは非常に困難だ。
前方三台が僅かに速度を落とし、何とか衝突を避けて前進するも四代目はそうもいかなかった。
四台目はブレーキを踏む判断を遅らせ、慌ててハンドルを右に切りながらも停車していた車体へ大きくぶつかる。
前方で起きた衝突によって不意に進路が塞がれた五台目は速度を落とす事も叶わず、そこへ突っ込む。
それぞれの車体は大きく拉げながら再起不能となった。
(……すご)
組織へ連携を求める旨の通信を交わしていたルカは、自身の役目を全うしながらも荒々しくも的確であるイザベラのハンドル捌きに舌を巻く。
彼はふと、来日初日の襲撃でアルノルドが言った言葉を思い出した。
――私の運転では難しいですね。
追手を振り切れるかとルカが問うた時の彼の言葉。それは裏を返せば自分以外にそれを可能とする者に心当たりがあるという事。
そして彼が匂わせていた運転技術を誇る存在こそがイザベラであった。
「あと三台」
「イザベラ、右に避けて!」
バックミラー越しに残敵を確認したイザベラが舌なめずりをする。
余裕を滲ませている彼女はしかし、突如飛んだレーナの指示にも即座に反応した。
一切の躊躇もなく車線を跨いだ車は反対車線へ突っ込む。
その脇をいくつかの銃弾が横切り、一般人の乗った車両を襲った。
銃弾がガラスを割り、不幸にも後部座席に座っていた者を襲う。
突然訪れた異変に混乱した運転手が手元を狂わせてハンドルを切り、襲撃にあった車が道路の中央で動きを止める。
そこへブレーキの間に合わない車が次々とぶつかっては停まり、追手の最前を走っていた車もまたその車の波に囚われた。
後方で響く壮大な音を感じながら、イザベラは対向車線を走り抜ける。
次々と向かってくる対向車にブレーキとクラクションの音を奏でさせ、寸でのところで躱していく。
彼女自身も迫る車を牽制するようにクラクションを盛大に鳴らし、その音は遠方まで迫る危機を知らせた。
衝突寸前で正面から姿を消す車によって前列の対向車がブレーキを踏む。それに従って後方の車の速度が次々と落とされる。
見極めやすくなった車間を上手く利用し、イザベラの操作する車は本来の車線へと舞い戻った。
同時に後方からは最早何度目かとなる盛大な衝突音が上がる。
標的を追う事に躍起になった一台が対向車と衝突する光景がミラーへ映っていた。
残る一台は同じように対向車線を走行するも、何とか障害を越えて標的と同じ車線上まで戻った。




