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Case11-6.『残虐な少年』

「いってぇ~……。ほんっと――嫌になるなぁ!」


 右手に息を吹きかける。

 瞬間、彼の前身は色濃い霧へと姿を変える。

 彼の体に埋め込まれた銃弾がバラバラと音を立てて床へ転がった。


 フロアの一部を漂う濃霧はすぐさま一ヶ所へと集合していく。

 走り出したレーナの背後で再び人を象った濃霧はやがて完全な人体へと変換される。


「ほぉら、秒だった」


 安心させるように、レーナの肩に彼の右手が優しく乗せられる。

 驚いて目を丸くしたレーナは得意げに片目を瞑って見せるエミリオの様子に小さく笑みを浮かべた。


「焦り過ぎて服も一緒に置いてっちゃったらどうしようかと思っちゃった」

「パンツでも落ちてたら面白かったのに」

「とんだ生き恥じゃないですかぁ」


 全身を霧に変え、自分へ撃ち込まれていた銃弾を全て取り除いたエミリオは濃霧の中で腕だけを実体化させ、何とか衣服を回収していた。

 その動作がなければ今レーナの隣に立つエミリオは大衆に裸体を晒していた事だろう。


 血溜まりに沈むいくつもの銃弾を振り返りながら、エミリオは万が一の可能性を想像し嘆いた。

 エミリオはレーナを再び抱き上げると再び右腕を霧へ変えて相手の視界から姿を隠し、出口へと近づく。


「エミリオ、右に飛んで!」

「ええっ!?」


 自動ドアの前へ辿り着いたエミリオへ、レーナが叫ぶ。

 突然の指示に戸惑いながらもエミリオは大きく右へ飛ぶ。何の前兆もなく飛ばされるレーナの指示が異能絡みであり、自身に危機が迫っている事を意味するものであると彼は理解していた。


 エミリオがレーナを抱きしめ、左肩から床へ転がり込んだ瞬間、自動ドアのガラスが弾け飛んだ。

 フロア内へガラス片が飛び散る中、一台の車がアクセルを踏み切ったまま建物内部へ突っ込んで来た。


「ちょっとちょっとちょっと……!」


 己の体を掠めるように横切った見覚えのある車体。エミリオは引き攣った笑みを浮かべながらその背中を見送った。


 ガラス扉が景気よく破壊される音に、ズールイの気が逸れる。

 その瞬間を衝いてルカは走り出した。


 アサルトライフルを構え、引き金を引く。

 何の躊躇もなく味方を撥ね飛ばして向かってくる車に唖然としていたズールイはしかし、ルカの接近に気付くとすぐさま異形の達の陰に身を潜め、その身を守る。

 身代わりとなった異形達の体に次々と穴が空き、攻撃の許容量を越えて限界を迎えた個体から消滅していく。


 しかし如何せん、前衛も後衛も数が多い。

 アサルトライフル一丁とは比にならない戦闘力を誇るシアでも捌き切れない程であるのだから、ルカが応援に入った所で貢献できる事など高が知れている。


(見ればわかる。今のシアさんは明らかにいつもとは反応が違う)


 指示を聞く耳、指示やその場の状況に応じて適切に対処する判断能力は現在のシアにも残されている事をルカは把握している。

 だからこそ見覚えの車が建物内へ突っ込んで来たという異常事態且つ味方からの助け船である事が明らかな状況下で、尚もシアは攻撃の手を止めない。

 ズールイを仕留める事に強い執着を抱き、躍起になるシアは周りが見えていなかった。


(今優先すべきことは敵の殲滅じゃない)


「っ、シアさん!」


 遠方からの攻撃の被弾を避けるべく曲折的に前進する。

 それでも避けきれなかった弾が腹部を捉え、激しい痛みを伴うもルカは無理矢理シアの傍へと足を進めた。

 そして異形を薙ぎ払う彼の腕を掴み、強く引き寄せる。


 濁った眼がルカを捉える。

 腹部の痛みに耐え、顔を顰めながらルカは声を絞り出した。


「今あんたが優先すべきなのは、そいつを殺す事じゃない。あんたが先走ればレーナ様が死ぬんだ」


 シアの心にルカの声がどれだけ届いているのかは確かではない。シアの口からレーナへ対する思いを聞いた事もルカはない。

 だがそれでも、レーナの名前を出せば我に返るだろうという確固たる自信がルカの中にはあった。


「しっかりしてください」


 ルカとシアへと異形の攻撃と弾丸が迫る。

 しかしそれが二人へ命中する事はなかった。


 いくつもの枝が目にも留まらぬ速さで異形の体を捉え、遠くへと投げ飛ばす。

 放たれた銃弾を次々と弾き飛ばし、周囲の壁や床を抉った。その一部が偶然にもズールイの肩に当たり、悲鳴が響き渡った。


 だがシアの瞳がズールイを再び映す事はない。

 彼は自身の一部である植物を巧みに扱い、全ての脅威を薙ぎ払うと負傷したルカを抱える。


 それと同時に彼らの真後ろで甲高いブレーキ音が上がる。

 一般車のポテンシャルとは思えないドリフトを決めて停まった車にシアが飛び乗る。

 後部座席にルカを残し、助手席へ滑り込んだ時、遅れてレーナを抱いたエミリオが後部座席へ乗り込んだ。


 全員が座席へ潜り込んだことを確認したイザベラはドアが閉まり切るのを確認するよりも先にアクセルを踏み付ける。


「あっぶな!」

「きちんと掴まってなさいよ」


 車が動き出した事に気付いたエミリオが慌ててドアを閉める。

 方向転換と共にアクセルが踏み直された車は加速度を上げて一直線に外へと向かった。建物の残骸や散乱する商品、転がる死体を物ともせず蹴散らしながら走り抜ける車に銃声が浴びせられる。


 窓が破られ、ガラス片と儒弾が身を屈めるルカ達の頭上を通過する。

 幸いにも致命傷となるような攻撃もなく、車はショッピングモールの外へと突き抜けた。


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