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Case11-5.『残虐な少年』

「――いや、難しく考える必要もないか」


(どうせ小細工も通用しない。ズールイの視界を避けて移動する事が出来ない以上、どこで落ち合っても結果は同じなら……)


「エミリオさん。レーナ様を頼めますか」

「っ、ルカ」

「大丈夫ですよ、シアさんが逃げられるよう手助けをするだけなので。それに俺は目を付けられてるみたいですし、万一の時に流浪者であるエミリオさんの方がレーナ様を守り切れる可能性が高い」

(ただ一つ、懸念点があるとすれば)


 ルカはレーナを抱いていた腕を緩めてその場に下ろす。

 そして何か思い悩むように苦い顔をするエミリオを見据えた。


「難しいのであれば他の方法を考えます」


 エミリオ視線がルカから敵へと移る。

 目と鼻の先まで迫る人影は悩む猶予を与えない。いつ見つかってもおかしくはない位置関係を確認したエミリオは肩を竦めて苦笑した。


「オーケー、任された」


 ルカはエミリオがレーナを抱き上げる姿を視界に留めながら一点を顎で示す。ズールイや敵がいる方向とは反対の、駐車場へ続く出口方面だ。


「まずは駐車場を目指してください。指示は追って出します」

「兎にも角にも、急いで外へ出ろって事ね。りょーかい。……けど、あんま期待しないでよ」

「しますよ」


 返された短い言葉はエミリオにとっては心底意外な一言だった。

 だが当の本人は当たり前だろうとでも言うように相も変わらず仏頂面を披露していた。


「仮にも組織から評価されてる人間でしょう。そうでなければレーナ様を預ける事もしないですよ」

「変わったねぇ」

「ふざけた事言ってる場合ではないですよ」


 まるで昔からの友人のような発言をするエミリオにルカは呆れる。

 いつもであればもう少し軽口が続きそうな流れだが、生憎と彼らを取り巻く殺伐とした環境はそれを許さない。


「行きますよ。スリー、ツー、ワン」


 標的を探して移動していた敵の最前列の座標がルカ達と並ぶ。

 敵がルカ達の真横へ踏み込んだ瞬間、ルカは拳銃でその頭を撃ち抜いた。


「ゼロ」

「……っ!」


 一発の発砲直後、温度を感じさせない平坦な声が数字を数え終える。

 同時にエミリオは床を蹴って走り出した。


 手を失った左腕で何とかレーナを抱えながら、彼は右腕から肩までを霧に変える。

 自身の背中を霧に紛れさせ、敵が的確に狙いを定める事を防ぐ。

 だが相手が所持する武器は連射可能な銃火器。例え一発一発の命中率が低くとも弾数を重ねれば被弾する可能性も跳ね上がる。


 ルカはズールイの視界に入らない位置から二人目の敵へ銃口を向けるが、その気配に気付いた相手が即座にルカへアサルトライフルを向ける。

 数秒間に何発も放たれる銃弾から逃れるべく、ルカは近くの柱へと転がり込む。

 拳銃とアサルトライフルでは正面から戦うには分が悪すぎる。レーナとエミリオへ向かう敵の数を思うように減らす事が出来ないルカは舌打ちをした。


「イザベラさん」

『考えは纏まった?』

「はい」


 ルカかレーナ。海志幇にとって仕留める優先度が高いのは勿論レーナだ。

 それ故に移動していた敵の殆どがレーナを抱えて逃走を図ったエミリオへ狙いを定める。


 ただし多勢故に優勢と踏んだらしい二人目はレーナたちではなくルカへと完全に標的を変えた。牽制するように自身へ向かって発砲する二人目の様子を窺いつつ、ルカは通信機で連絡を取った。

 小型だが高性能である通信機は通信範囲を個人へ設定することも出来る。

 ルカはイザベラのみに通信を繋げ、指示を出す。


『……イカれてるわ。天才の名が泣くわよ』


 ルカの指示に耳を傾けていたイザベラが半笑いで呟く。

 直後、愉快そうに喉の奥で笑う彼女の気配がある。


 それを聞き流しつつ、ルカは身を乗り出す。

 装填の為、僅かな隙を見せた相手へ再度引き金を引きながらルカは走り出す。

 放った銃弾は二人目の額を貫通し、その命を奪った。


『でも、率直に言って最高ね。気に入ったわ』

「お願いします」

『任せて』


 通信が切れる。

 絶命した二人目が地面に倒れ伏すのを確認しながら拳銃をしまい、代わりに敵のアサルトライフルと予備の弾丸を拾い上げる。

  そしてルカは続いて異形や遠距離からの銃撃に苦戦するシアへ撤退を促すべく彼へ接触する機会を窺った。


「ほらほらぁ! 避けないとほんとに死んじゃうよっ!?」


 品のない笑いを上げながらズールイは霧の先へ叫ぶ。

 無慈悲に叩きつけられる弾丸は視界を奪うだけ避け切れる範疇を越え、エミリオの背中へ次々と襲い掛かった。


 肩、背中、横腹、太腿。

 一度被弾し、動きが鈍ったエミリオへいくつもの鉛玉が埋め込まれていく。


「エミリオ……!」


 エミリオは走る激痛に呻き、体勢を崩す。レーナを庇うように抱え込みながら両膝をついた彼は口から血を零す。


「クソッタレが……」


 口の端を釣り上げ、苦々しく笑いながら毒を吐く。

 エミリオはレーナを下ろすと彼女の背を優しく押して前進を促す。


「走ってください。秒で追い付きます」


 レーナは不安に苛まれながらも後ろから自分を追いかける存在に急かされて走り出す。

 それを見届けながら、エミリオは今日何度目かの溜息を吐いた。

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