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Case1-4.『平和な国での襲撃』

 アルノルドの制止を聞くよりも先にルカはシアと同様に車上へ乗り上がる。


「援護お願いしますよ」


 素早く銃を構え、スコープに顔を近づけながらルカはシアへ声を投げかける。

 彼よりも前方に立つシアは声に反応を示さない。しかし未だ何かを警戒するように視線を泳がせる彼には何かしらの意図があるものだとルカは受け取った。


(周辺地図は頭に入っている。ある程度の方角も先の一撃で把握済み)


 銃を構えたルカはその銃口を迷うことなく東へと向けた。

 彼は自身の脳内にインプットされている周辺の地形を思い返す。

 障害物になり得るものの有無、凡その射程圏内から狙撃可能な距離を割り出す。絞り出した範囲から更に周囲の建物より高さのあるビルの判別……。


(東の方角、狙われた時の被弾位置、そこから割り出した射撃範囲で狙撃可能な建物は……)


「――そこしかないだろ?」


 スコープが捉えたのは周囲より頭がやや飛びぬけたビルの屋上。

 そこで安定した床に体を寝かせ、自身の武器へ顔をすり寄せる一人の姿が映し出される。


「ビンゴ」


 車上へ乗り上げてからものの数秒で狙撃手の位置を割り当てたルカ。

 しかしそのラグは撃ち合いに於いて致命的な隙だ。

 どれだけ急いでも相手の狙撃速度を上回ることは出来ない。


 理解した上で、ルカは銃を構え続ける。

 動揺しない強い精神を保ち続け、動き続ける足場の上、冷静に狙いを定める。

 下手な焦りは手元を狂わせる原因にしかなり得ない。それをルカは理解していた。


 ――これは賭けだ。


 冷や汗が頬を伝うのを感じながら、ルカは自身の気力を奮い立たせるように口角を上げる。


(――今だ)


 ルカが引き金に力を入れる瞬間。その視界を遮るように太い枯れ枝が飛び出した。

 視界は覆われる。しかしその枝は銃口までもを塞ぐものではない。

 陰る視界、何かが弾かれる音。

 それらに動じることなく、己の定めた狙いを信じてルカは引き金を確実に引いた。


 ルカが発砲する直前、彼を狙った銃弾はシアの伸ばした枝によって弾かれる。それは後方のアスファルトを弾くに留まる。

 その後一瞬遅れて放たれたルカの銃弾。その行方と結果が判明するまで気は抜けまいとルカは息を詰めて武器を構え続ける。


 視界から枝が引いていく。視界が晴れ、スコープの先が顕わとなる。

 スコープを通じて見える遠方の光景。

 ビルの屋上では設置されていたのだろうバイポッドが倒れ、武器が投げ出されている。

 その傍に横たわったまま動かない人影が一つ。それが動く気配はない。


 ルカは深く息を吐きながら銃を下ろした。


「撃破確認。増援の様子もありません」

「……そうですか。お疲れ様でした」


 アルノルドから労いの言葉を聞きながら、ルカは先にスナイパーライフルを助手席へ投げ入れる。

 そして自身も中へ戻ろうと車体の縁へ手を掛けたところでシアの容貌が変化を伴っていることに気付いた。


 顔半分から生み出していた膨大な長さと数を誇る枯れ枝。それらは徐々に収縮し、彼の顔へと吸い込まれるように消えていく。

 やがて不気味に浮かび上がり、変色していた血管も元通りの姿を取り戻し、そこには空洞の右目だけが残される。


 彼は一度だけ濁った瞳でルカを見た後、一足先に後部座席へと戻っていく。


(あれって戻るのか……)


 見慣れない現象に瞬きを繰り返し、彼が姿を消したのを確認してから、ルカもまた助手席へと滑り込むように飛び降りる。


「……あれ」


 宙を舞っているほんの一瞬の間。僅かに香った甘い香りにルカは目を丸くする。

 しかしそれも助手席へ戻り、扉を閉めたところで車内の芳香剤の香りに掻き消されてしまった。


「随分無茶をしましたから、車を変えましょう。追手が来る前に移動しますので少々荒い運転になりますがご容赦くださいね」

「了解です。連絡しておきます」

「お願いします」


 襲撃者の仲間や警察の動きを警戒したアルノルドの提案にルカは頷きを返す。

 ラフォレーゼファミリーには各国に組織の構成員や協力者がいる。それは日本も例外ではない。

 自分達の足が付かないよう車を取り換える上で協力者の存在は欠かせない。

 損傷した車の処分、新しい車の手配、ナンバープレートの偽装などを手掛ける組織関係者へ連絡を取るべくルカはスマートフォンを手に取った。


 それを耳と肩で挟みながら、放っておいたスナイパーライフルを解体してケースへしまい込む。

 その最中、彼の頭を過るのは一瞬香った匂いだった。


(花っぽかったな)


 銃弾が飛び交い、爆発も起きた路上で拾う香りにしては不釣り合いすぎるもの。

 それは気のせいだったのかもしれないと思う程曖昧なものであったが、その場にそぐわない香りであったからこそ、ルカの意識を傾ける要因となり得たのであった。


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