Case11-3.『残虐な少年』
シア体幹がぶれ、咄嗟に片膝をつく。
「殺せるとでも思った? ばっかだなぁ。勝ち目はないって、まだわからないの?」
ズールイの高笑いが響く。
彼は跪くシアの姿を満足そうに見下ろしながら指を鳴らした。
それを合図に、通路という通路から新たに姿を見せた増援がゆっくりとした動作でズールイの傍へと向かった。
人の三、四倍にも膨張した頭。
全身にガラス片を突き刺した血まみれの女。
骨を失って軟体動物のようにうねる半身。
飛び出した眼球、裂けた口、穴という穴から溢れる臓物、子供と女性の頭を持つ一つの体。
ズールイの下へと向かう存在はその全てが人というにはあまりにも悍ましい姿をしていた。
――異形。流浪者の成れの果て。
「こんなに手間をかけたのにこれっぽっちかぁ。しかも失敗作ばっかり」
覚束ない足取りで近づく異形達に対し、ズールイは不服そうに呟く。
そしてその言葉を聞いた事でルカはある事を確信した。
(この大規模な襲撃は流浪者や異形を生み出す為の物か)
異能は一般人が持ち得ることの出来ない強力且つ有用な戦闘手段だ。
味方に付く異能持ちが多ければ多い程戦況は優位に傾く。
海志幇――特にズールイはラフォレーゼファミリーを目の敵にしている。だからこそどんな手を使ってでも確実に潰せる手段を講じたいと考えた。
そしてその手段こそが大勢の一般人を巻き込んだ襲撃であった。
流浪者となる条件は死に際に強い感情を抱いている事。後悔や恐怖、絶望――感情の種類自体は何でもいい。
だが正確に言えば条件はそれだけに留まらない。
「怖がってくれれば強い子が味方になってくれるかなって思ったけど、怖がらせ過ぎちゃったかなぁ」
最期を迎える直前の感情が強い程強力な力を得る一方で人から遠ざかる流浪者の特徴。それは今回の襲撃を機に流浪者となった被害者達を悍ましい姿へと変えてしまった。
虚ろな目や意味の為さない奇声を上げる犠牲者達は人としての知能を失った姿でそこに立っている。
(道理で、カフェの外でも無差別な殺人が繰り返されていたわけだ。この様子だと恐らく、異形は駐車場の方にも蔓延っているはず)
時折、離れた場所で鳴る銃声がフロア内へ届く。
イザベラの方も一筋縄で行っていない事はどこからともなく聞こえる戦闘の音が物語っていた。
(とはいえ、奴らの一番の目的がレーナ様である以上戦力はこちらに集中しているはず。イザベラさんの方はあまり案じる必要はないだろう。それよりも問題なのは――)
考え込んでいたルカはふと自身へ向けられる視線に気付く。
大きく丸い瞳が興味深そうにルカを見据えていた。
「誰?」
「人に名を聞く時は自分から名乗るのが常識なんですよ」
(あれから離れない事には手も打てないという点か)
ズールイの持つ異能は対峙するにも逃亡するにも非常に厄介なものだった。
それ故にルカは彼の異能を警戒し、様子を窺う。
「無駄だよ」
ズールイが短く言う。
逃亡の算段を立てていたルカの考えを見透かすように彼は目を細めた。
「――さっきの女が車を取り行った後、隙を見て逃げる算段。味方に信頼され、自負するだけの頭脳がある。司令塔はきみな訳だ」
ズールイはルカの考えている事を次々と並べていく。
それは推測などとは片付けられない程、明確であり詳細な内容であった。
「ぼくの力の事も勿論知っている。なら分かるでしょ?」
彼は自身の目元を指す。そのジェスチャーの意図を悟ったルカは僅かに眉根を寄せる。
「ぼくは人の考えが視える。きみ達が何を考え、何を企てたってその全てを知り、先回りする事が出来る。凡人が天才に勝てる訳ないんだよ!」
ズールイの異能は『他者の心理を読む』というもの。
思惑、動揺、それら全てが彼には手に取るようにわかる。
何を企てようと相手に筒抜けとなる状況下で優位に立つだけの手札にルカ達は心当たりがなかった。
「……異能に胡坐を掻いてるだけのガキが、何を言い出すのかと思えば」
「強がって吠えたって焦ってるのが丸わかり――」
ルカの乱暴な物言いをズールイは鼻で笑う。
だが自信に満ちていた彼の表情は次の瞬間、僅かに歪んだ。




