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Case11-1.『残虐な少年』

「イザベラさん!」


 カフェの一角、アサルトライフルを構える数名の男をイザベラの目が捉える。

 彼女はルカの制止の声に振り返ることなく、発砲する敵の下へと駆け出した。

 成すすべなく倒れていく者や逃げ出す者の中、明確な敵意を持って急接近するイザベラ。彼女の姿に気が付いた男達の銃口は一斉にそちらへ向けられる。


 だがイザベラが怯む事はない。

 彼女は直線的な移動を避け、銃弾を次々と回避していく。近くのソファへ乗り上げ、傍のテーブルへ飛び移り、更に床へ転がり込む。

 高低さの激しい挙動に敵の照準は上手く合わず、精々彼女の体を掠める程度の攻撃にしかなり得ない。


 優れた身体能力と戦闘慣れした挙動。着実に距離を詰められる内、焦りを募らせる敵の攻撃の精度は大きく低下していく。


「知らないようだから教えてあげるわ」


 敵との距離を詰めながら、イザベラが指の間に挟んでいたナイフを次々と放つ。

 一本は一人の片目へ命中。もう一本は敵の片手へ。

 生憎と他のナイフは相手へ当たる事がなかったが彼女が優位に立つ為の下準備としては上々の結果であった。

 突如として片目を奪われた一人が大きく悲鳴を上げて悶え苦しむ。手を傷付けられた二人目は反射的に銃を手放した。

 この場でイザベラへ攻撃を仕掛けられるのは実質一人まで絞られる。

 更にその最後の一人ですら、仲間の悲鳴に意識を取られ、ほんの一瞬だけ攻撃がおざなりになった。


 三人目が我に返った頃、既に目と鼻の先にイザベラの笑顔がある。

 彼女は残っていた一本のナイフで男の首を深く切り裂いた。


「ジャパニーズカルチャーでは」


 噴き出す鮮血を浴びながらイザベラはナイフを持っていない手でロングスカートの内側を弄る。

 それと同時、彼女は二人目の顎を強く蹴り上げて意識を奪う。


「メイドは」


 大きく捲られる裾と高く足を上げる大きな動き。その反動で見えたのはガーターと、そこへ備えられた拳銃や暗器だった。

 ガーターから抜き取られた拳銃が一人目の脳天へ向けられる。

 膝をつき、恐怖に顔を歪ませる男を見下ろしながらイザベラは勝ち誇ったように笑う。


「暗器が扱えなければならないのよ」


 引き金が引かれる。銃声と共に一人目が声もなく倒れ伏した。

 更に後始末をと彼女は気絶した二人目の額にも銃弾をお見舞いする。


「……嘘ですよね?」

「イザベラさんの知識は日本の創作物に偏ってるからさ」


 全く心当たりのない知識を聞いたルカが怪訝に思う隣で、勿論そんな常識はないと頷くエミリオ。

 理解し難い、自分の中だけの常識を掲げるイザベラの様子にルカはこめかみを押さえた。


(この人も曲者って事か)


 勝敗が付き、カフェ内に静寂が訪れた事によってその場の空気がわずかに緩む。

 だが気を抜くのはまだ早いと、離れた場所からライフルの音が響き渡る。

 悲鳴や忙しない足音、カフェの横を横切っていく一般人の姿。それを五感で捉えたルカ達の顔はすぐさま強張る。


「結構いるねぇ」

「流石に明確な数までは判断出来ませんが、十中八九狙いは俺達でしょう」

「仮にこの騒動を裏で操っているのが海志幇だったとしても滅茶苦茶としか言いようがないよ」

「無駄話をしてる暇はないわよ。出来るだけ早急に逃げる算段を立てないと」


 イザベラは拳銃をしまうと敵のアサルトライフルを拾い上げ、余っていた銃弾を回収する。

 エミリオも右手の手袋を外して有事に備え始める。

 仲間達が着々と臨戦に向けて動く中、ルカの腕の中に守られていたレーナは息を潜めたままぴくりとも動かない。


「レーナ様」

「動かないで」


 主人の顔色を窺おうとルカが身じろぎすれば、すかさずレーナの声が挟まる。

 ルカが離れないようにと彼の服を掴む小さな手は震えていた。

 指先から伝わる怯えに気付いたルカは周囲へ視線を向ける。

 散乱した食器やテーブル、動かない死体の数々。いくら特殊な立場とは言えレーナのような幼い子供が耐えられる惨状ではとてもなかった。


 ルカは小さく首を縦に振るとレーナに回していた腕に力を籠める。


「見なくていいです。そのままでいてください」


 怯えた子供を宥める方法をルカは知らない。気の利いた言葉を言ってやるだけの余裕もない。

 しかし相手の気持ちを汲んだが故に現れた些細な行動はレーナに少なからず安心感を与えた。


「一斉に車まで戻った所で良い的でしかないですし、出発するまでのタイムロスもあります。車へ向かうのは運転手一人の方がいい」

「ならイザベラさんだね」

「そうね。車を回収したら迎えに行くわ」


 エミリオとイザベラが当然のように話を進める。

 運転に自信があり、尚且つ仲間からもその技量を信頼されている人材であればルカも文句はなかった。


「詳しい合流場所は通信で都度指示を出します」

「マップ、覚えているのね?」

「当然」


 ルカは自身のこめかみを人差し指で叩く。

 ショッピングモールの構造は全てルカの頭に叩き込まれていた。


「なら任せたわ。……いける?」


 活用できる備品を粗方敵の死体から奪い取ったイザベラがルカ達の下へと戻る。

 そして行動する為に未だ縋りつくレーナを抱いたまま立ち上がるルカを見て彼女は声を掛けた。


「拳銃くらいなら問題なく使えるでしょう。こっちはただの荷物になりそうですが」


 ルカは自分が肩に掛けていたギターケースへ視線を落とす。

 先程の敵やカフェの外から聞こえる発砲音はどれも近接もしくは中距離に特化した銃器である。一度構えれば行動が大きく制限されるスナイパーライフルで対峙するには相性が悪すぎる。

 それよりは攻撃手段を拳銃に絞って対応する方が勝機がある。


「なら預かるわ」

「お願いします」


 ギターケースをルカから受け取ったイザベラは顎でカフェの出口――ショッピングモールの廊下へと続く扉を示す。

 彼女は他の三人の心の準備がそれぞれ整った事を確認してから三秒のカウントダウンを始めた。


 そして彼女が「ゼロ」と唱えた瞬間、ルカ達は一斉に廊下へと飛び出した。

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