Case10-4『ショッピング』
舌に残る甘さを洗い流すように自分のコーヒーに口をつける。
食に拘りがないからこそ敢えてケーキを食べる機会も多くはなく、それ故にルカの中には新鮮みがあったが、今後も仕事が絡んでなければ自らショートケーキを食べることはないのだろうと彼は結論付ける。
「ルカ」
口の中に広がる甘さが落ち着き、再びフォークを進めようとしたルカへレーナが声を掛ける。
その声掛けに答えるようにルカが視線を上げる。
するとチーズケーキの乗った皿が彼の下へ近づけられた。
「一口あげる」
「いや、大丈夫ですよ。それに、食べかけじゃないですか」
「……こうすればいいでしょ」
「流石に主人の食事を横取りするのは」
レーナは使われていなかったカトラリーでチーズケーキの一部を一口大に分ける。
ルカが首を横に振るも、レーナは引く気がない様子で更に皿を差し出す。
助けを求めるように視線を彷徨わせるも、エミリオやイザベラは微笑ましそうにレーナを見ているだけで口を挟む気がなさそうであった。
「……ありがとうございます。いただきます」
頭が痛くなる思いになりながら、ルカは切り分けられたチーズケーキを自身のフォークで刺す。
それを口へ運んだ彼の様子をレーナは真剣な面持ちで見守る。
(甘くない)
ゆっくりと咀嚼をしたルカは舌に広がる味に意外さを見つけ、目を丸くする。チーズケーキの控えめな甘さは生クリームだらけのショートケーキよりも食べやすさを感じさせるものであった。
「どう?」
「美味しいです」
嘘ではなかった。不味くはないし、少なくとも不快感は感じない。
美味か不味かで言えばルカの中では間違いなく前者だった。
「そう」
レーナが満足そうに笑みを深める。
ルカの反応を窺っていた彼女はもう一度チーズケーキに口を付けていないフォークを通す。
今度は食べかけの箇所だけを切り取った彼女はチーズケーキの大部分を残してルカに渡す。
「交換しましょ。飽きちゃったの」
「あー、今度はルカくんのまで狙って。お行儀悪いですよ」
「エミリオには話してない」
「がーん」
レーナがルカのショートケーキを示す。
そこへエミリオの咎めるような声が入るも、彼女が自分の提案を取り下げる事はなかった。
「いいですよ、別に」
ルカはレーナに倣い、口のつけられていないカトラリーでショートケーキの食べかけの箇所を取り除く。
彼が差し出したショートケーキの皿を受け取ったレーナはすぐにショートケーキを口へと運ぶ。
その味が気に入ったらしい彼女の頬が自然と緩んでいく。
「あ、そうだ。この後はどうしますか? さっき一階で見かけたステージとか結構面白そうでしたけど」
口数が多くない者達の中でお喋りなエミリオがそれぞれに話を振り、他の面々がそれに耳を傾けたり短い言葉を返したりと彼に付き合ってやる。
五人の間にはお決まりの会話パターンが繰り広げられるが、彼らの輪の中に入って暫く経った頃、ふとルカは考える。
(楽だな)
ルカはこれまで、常に相手の言葉の裏を推し量り、最善足り得る返答を心掛けて来た。
だがその考え方が自然と自分から抜け落ちていた事にルカはたった今気付いた。
(まあ、レーナ様の機嫌だけ取れればいいし、他の事でそう気張る必要がないというのはあるけど)
最早癖のように沁み込んでいた振舞いが抜け落ちていたという事実。それを自覚したルカは自分の中に生まれている変化に僅かな違和感と戸惑いを覚えていた。
「全く」
紅茶を飲んでいたイザベラから呆れるような呟きが漏れる。
彼女は眼鏡の奥でルカを見る。その言葉が自分へ向けられたものなのだと悟ったルカはその真意を問おうと口を開いた。
その時。
広いカフェ空間の一角から鋭い殺気が走る。
その凍り付くような気配を察知したルカとイザベラは一斉に動き出す。
イザベラがテーブルを蹴り上げ、ルカはレーナを抱き込むとそのテーブルの陰へと潜り込む。二人の動きを見て遅れて異変を悟ったエミリオがシアの腕を引いて身を屈ませる。
直後、響き渡るのは無数の銃声。
数秒間に何十という弾が放たれる音が鳴り響き、周囲に悲鳴と血の嵐を巻き起こす。
テーブル板一つではとても防ぎきれない威力の攻撃がルカ達を襲うが、盾の代わりを果たしていた板が完全に破壊されるよりも先、シアが眼帯をはぎとる。
彼から生み出された枯れ枝達はすぐさま仲間達を守る丈夫な壁となり得る。
「ちょ……っ、ここどこだと思ってるわけ!?」
「文句を言っていてもどうにもならないわ。それより逃げる用意をしておきなさい」
一般人を一切顧みる事のない銃撃にイザベラは顔を顰める。
彼女は長い髪を一つに纏め、丸眼鏡を放り棄てる。
そして近くに散らばっていたナイフを可能な限り拾い集めると枝の防壁から飛び出した。




