Case10-2『ショッピング』
車に乗り込み、ルカ達は都内の大きなショッピングモールへと向かう。
運転席にはメイド服から余所行き用の服に着替えたイザベラが、助手席にはエミリオが座り、後部座席の真ん中に座るレーナを挟むような形でルカとシアがシートに腰を掛ける。
いつもは明るく騒がしいエミリオも、今回下りた命令を笑って流せる程図太い神経はしていない。
後から事情を聞かされた彼は頭の処理が追い付かないままあれよあれよと言う間に車へ連れ込まれ今に至っていた。
「胃が痛い……」
「昨日のホットケーキでも当たったんじゃないですか」
「あら、ルカさん。どういう意味?」
「……冗談ですよ」
額に手を当てるエミリオは青ざめながら呻く。
ボスの望みがレーナを楽しませる事にある以上、大人たちが危惧している事を本人に悟らせる訳にもいかない。
エミリオの呟きの真意を誤魔化すようにルカが口を挟み、更にそれに対してイザベラが反応を返した。
そのお陰か、レーナは特に不審がる様子もない。
「昨日、ケーキを買いに行けなかったし丁度いいけど……。大丈夫なの、ショッピングなんて」
「レーナ様が気にする事じゃないですよ。大丈夫にする為に俺達がいるんですし」
「そうそう、レーナ様は目一杯楽しめばいいんですよ」
レーナは能天気で無知なただの子供ではない。昨日の襲撃などの事を彼女なりに考慮した上で案じるような声を零すが、ルカやエミリオはそれに対して前向きな返答を寄越した。
「今のうちに何がしたいか考えておくといいですよ。お店は沢山ありますから」
「……わかった」
イザベラに促され、レーナは自分のスマートフォンを取り出す。
目的地のフロアマップを確認し始めたレーナはシアに一方的に話し掛けながら、行きたい店へ目星をつけていく。
彼女のお喋りは時折ルカへも向けられ、ルカはそれに答えてやりながらもその裏で考え得る有事やその対策について懸命に頭を働かせていたのだった。
館からやや離れた場所に位置する都内一大きなショッピングモールは平日、休日問わず多くの一般客で賑わう。
子供用のアスレチックを備えた公園や買い物の休憩やピクニックに最適な広場とテラス。更に最上階には映画館、屋上には展望台も設けられていた。
勿論収容されている店の種類も豊富であり、ここに訪れれば買い物や娯楽に一日を費やす事も容易である。
「レーナ様、お洋服見ましょう! お洋服!」
「うん」
車を降りた一行はレーナの傍について建物の内部へ足を踏み入れる。
特にイザベラはレーナにお洒落をさせるのだと意気込み、興奮した様子でレーナの手を引いた。
「逸れるのだけはやめてくださいね」
イザベラの反対ではシアがレーナと手を繋ぎ、三人が先へ進む。
イザベラのロングスカートやレーナのワンピースが風に煽られはためく様をぼんやりと眺めながら、ルカとエミリオが僅かに距離を置いて三人へついていく。
「これ、目立つんじゃないですか」
「それは心配ないと思うよ」
ルカは武器を隠し持ったギターケースを担ぎ直しながら異を唱える。
女性一人に男性三人、更に子供が一人。
側から見れば何繋がりの団体なのかすら疑問を浮かべそうな組み合わせであり、それ故にルカは人目を引く心配をしたのだが、その隣でエミリオが首を横に振った。
彼は耳に装着しているイヤホン型の通信機の調子を確認するように指で触れていた。味方全員が装着している通信機であり、ルカやイザベラ、シアもそれぞれが身に付けている。有事の際にすぐ連携が取れるよう支給されたものである。
やがて気が済んだのか、通信機から指を離したエミリオがのんびりとした口調で話す。
「親戚っぽい団体とか友達同士で来ててその内の一人が子連れみたいなのはこういうところだとちらほら見かけるし。……あとはそれこそ、外国人観光客とかね」
「なるほど」
「ま、そもそも人が多すぎる。一々周りを気にしている人なんていないだろうし」
都心部の大きなショッピングモールは様々な装いや組み合わせの客がでごった返している。故にやや風変わりな組み合わせのルカ達がその人混みに紛れようと人々の視線を集める可能性は低かった。
エミリオの話に耳を傾け、納得したように頷きを一つ返したルカは徐にポケットからラムネを取り出す。
駄菓子屋に安価且つそれなりの容量で売っている小粒タイプのシンプルなラムネ。
容器の蓋を開けた彼はそれを口元で傾けて直接流し込む。
「うわ」
容器の中身が一度に半分ほど消え去る様を見たエミリオは苦く笑う。
戦闘能力よりも頭脳を重宝するルカは有事の際いつでも自身の強みを活かせるようにと糖分を補給する。特に、厄介な作戦の前に彼が見せるルーティンの一つだった。
異質な物を見るような目をするエミリオへルカはラムネの入った容器を軽く傾ける。
口が塞がり物言わぬルカの行為の意図を汲み取ったエミリオは右手を伸ばした。
「あ、じゃあ少し頂戴」
差し出された掌へ、ラムネの容器が傾けられる。
その時、ルカは動きを止めた。
視界の端を過る小さな影。自身の脇をすり抜けていったそれが気に掛り、彼は視線でその影を追う。
だが人混みの中、影の正体を見つけることは叶わなかった。
「ルカくん?」
「……いえ」
(気のせい、か……?)
エミリオが首を傾げる。
僅かな違和感と胸騒ぎを覚えながらもルカは首を横に振った。今度こそしっかりと傾けられた容器からラムネが転がされ、それがエミリオの掌を転がる。
エミリオは礼を言いながら数粒のラムネを一度に口へ放った。
男が二人並んで音を立てながらラムネを嚙み砕く様は少々不思議な光景であった。




