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Case9-2.『ホットケーキとも呼べぬようなホットケーキ』/Case10-1『ショッピング』

 結局、レーナやシアがホットケーキを食べ終わる頃までにエミリオは自分に用意された料理を完食する事はできず、離席したルカが帰って来る事もなかった。


 レーナとシアは料理の片付けをイザベラに任せて先に部屋へと戻り、イザベラも空になった皿や料理で使った食器を洗う為に厨房へと向かう。

 エミリオは未だテーブルに並んだ食べ掛けのホットケーキ達と共にダイニングルームに残っていた。


 ルカが戻って来たら残りを食べるかもしれないからという気遣いのもと、そして腹が膨れてしまったと言い訳をして食事を中断したエミリオの気が変わるかもしれないからと残された二つの皿。

 イザベラの思いは杞憂で終わるのだろうと確信をしながらエミリオ小さく吹き出した。


 笑う気配が広い部屋に吸い込まれるように消えた頃、エミリオは静かに残されたホットケーキをテーブルの傍に立ったまま見つめる。

 静かな笑みを湛え、それを見下ろした彼はそっと一口分を切り分ける。

 そしてそれを口に運んでゆっくりと咀嚼する。


 その時だった。


「人の料理を劇物の実験のように扱うのはやめてくれるかしら」

「うわぁっ! びっくりさせないでよ、もう」


 エミリオの視界の外――廊下へ繋がる扉の傍にイザベラが立っている。

 彼女は肩を竦めて深々と息を吐いた。

 不意を衝かれたエミリオは大きく肩を跳ね上げさせて咄嗟に持っていたフォークを皿へと戻す。


「残すのも悪いなと思ってさ」

「そ」


 イザベラはエミリオの隣までゆっくりと歩み寄る。

 優しく、どこか切なそうに浮かべる彼女の笑顔に、エミリオはその心中を汲み取る。


「もしかして、気付いてました?」

「いつも真っ先にトイレに駆け込んでいたじゃない」

「判断基準そこなんですか?」


 思わず笑いが込み上げるエミリオの赤髪をイザベラが優しく撫でる。

 イザベラはそれ以上何も言わない。エミリオも何かを語る気にはならなかった。

 秒針が小さく響くダイニングルーム。傾いた日が窓から入り込み始めた空間で、ただ静かで穏やかに、時間だけが過ぎていった。




 翌日、常にレーナと付き添っているシア、有事の際の見張りとしてそんな二人の傍で控えているエミリオを除いて、ルカとイザベラが談話室に呼び出される。

 呼び出された二人は招集をかけたアルノルドの話に顔を顰めた。

 ルカは険しい顔のままアルノルドへ問い掛ける。


「本気で言ってますか?」

「……はい」

「流石に賛同出来ません」

「俺もイザベラさんと同じです」

「ボス直々の命令ですよ」


 組織の規模が大きければ大きい程、その頂点に立つ者から直接的な命令が下りる事は少ない。大抵の事はその下についている幹部達の判断で命令が下されるからだ。

 ラフォレーゼファミリーの組織としての規模は最早言わずもがな。世界中で名の知れた組織の長が館の者達へ直接命令を下したと言う事はそれだけ重要な意味がある命令だという事だ。

 そして勿論、その命令に拒否権はない。ボスの下した判断は絶対だ。


 故にどれだけ反感を持とうとも、ルカとイザベラは圧を込められたアルノルドの冷たい視線と声に口を噤む事しか出来なかった。


「……昨日の今日ですよ。一体何を考えているんだ」


 日頃感情を表に出さないよう心掛けているルカとは言え、今回下された命令には苛立ちを隠しきれずにいた。

 彼は雑に頭を掻き毟りながらため息を吐く。


「居場所が突き止められている可能性についての共有は?」

「しました」

「そちらの対処は一切施すつもりがないと。その上で……」


 口に出す事さえ馬鹿馬鹿しく感じながらもルカは確認のためにアルノルドの話を要約する。

 彼はアルノルドを静かに見据えた。


「――レーナ様をショッピングに連れて行けと?」

「その通りです」


(……馬鹿げている)


 あっさりと頷きを返されたルカは頭痛を覚える。

 これにはイザベラも想定外と言わざるを得ず、ゆっくりと首を横に振ってため息を吐いていた。


「ボスはレーナ様に一般人と同じ幸せを感じられる生活を望んでおられます。それ故に軽率な拠点の移動で学校など、レーナ様を取り巻く環境が大きく変化する事を避け……恐ろしい思いをした分、その事を忘れて羽を伸ばせる機会を早急に与えてあげたいとのお考えらしく……」

「命懸かってるんですよ。……お花畑にもほどがあるでしょう」

「今に始まった事ではないけれど、とんでもない親バカね……。この『命令』のお陰で何度振り回されてきたことか……」

「言葉を慎んでください。……お気持ちは、わかりますけれど」


 ボスの決定はアルノルドとしても本意ではないのだろう。

 ルカとイザベラが途方に暮れ、思わず零れた文句を窘めるアルノルドの顔も随分と曇っていた。


(……イタリアに帰りたい)


 無理難題を強いられている状況。それもイザベラの話を聞く限り初めての事ではないらしい事実にこれからの事を思いやられながらルカは遠くを見つめたのだった。

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