Case8-3.『海志幇』
「空港の時も、ある程度活動範囲を掴まれている可能性は危惧していましたけど……。今回の襲撃に関してはもっと問題です」
「もろ館の近辺だもんねぇ。既に拠点がバレててもおかしくない。……まあ、お互いに騒ぎ過ぎたよねぇ。お陰で活動範囲駄々被りなのも互いに分かっちゃった訳だ」
「どの道、放っておくには危険です。手を打った方がいい」
「その懸念点も上に報告しておきます。とにかく常に襲撃に備えて動く事は徹底して……有事の際の逃走経路についても全体で確認しなおしましょう」
互いの見解を擦り合わせ、今後について意見を出し合う。
話が一段落付いた頃。マグカップから漂っていた湯気はすっかり消え、コーヒーも生温くなっていた。
「やだなぁ、もう。堅苦しい話って退屈だし息が詰まるから嫌いなんだよねぇ」
「頭使う方が本業じゃないんですか」
「今はほら、ルカくんがいるからさぁ」
「と言いつつも仕事はきちんと手際よく熟してくださるのがエミリオさんですからね。お陰で私達も何度も助けられましたから」
「うわぁ、やめてくださいよー! 急に褒めるの。照れちゃいますって」
「ははは」
度々ルカを翻弄していたエミリオも、アルノルドには敵わないらしい。
少しいい気味だと思いながらルカはマグカップで口を湿らせる。
だが冷めたコーヒーを飲んでいる最中、ルカの表情を見つめながら、エミリオが不服そうに口を尖らせる。
「今ざまぁみろって思ったでしょ」
「別に」
心の内を当てられたのは初めての事だった。
ルカは内心驚きながらも平静を装い、マグカップで口元を隠す。
「……どうしてそう思うんですか」
「さぁてね。ボクが賢いからか、キミの表情の問題か。どっちだと思う?」
嫌な問いだと漏れそうになるため息をルカは堪える。
(どっちも手放しに認めたくはないな。けど正解が後者なのだとすれば……相当重症だ)
社会の裏で生きる以上、信じられるのは自分だけだ。
同じ組織であっても裏切りが珍しくない程度には蔓延るこの世界で、他の誰かに心を許してはいけない。気を許すふりはいくらしてもいいが、本当に気を緩めてはならない。
それがルカの信条であり、彼にとって汚れた世界で生きていく唯一の術であった。
(……駄目だな。毒されているのかもしれない)
常に計算して動いているはずのルカは先程自分がどんな顔をしていたのかが思い出せなかった。
それはまさしく、彼が表情を意識的に繕っていなかった、無意識だったという事であった。
今まで在り得なかったはずの隙が心に生まれてしまっていた事を自覚したルカはそのことに危機感を覚える。
(問題は何も解決していないどころか、寧ろ深刻な状況だ。気を緩める暇なんてない。……自分の使命に集中しないと)
現状の自分を振り返り、考え込んでいる内にマグカップの中が空になる。
ルカは我に返ると軽くなったカップを静かにテーブルへと戻したのだった。
「ルカさん」
空いたカップが三つと、口を付けられなかったカップが二つ。
それをトレイに乗せながらアルノルドはルカに声を掛ける。
「直近の動き方から鑑みるに、今後も海志幇が大きく動く可能性は充分に考えられます。仮にこれ以降落ち着きを見せたとしても、いつかは避けられない衝突がやって来るでしょう。だからこそ念の為に確認をさせてください」
アルノルドは手元を見つめている。
彼の表情は普段通りのもので、その振る舞いも目の前の仕事をただ熟しているようにしか見えない。
だが、敢えて名指しと前置きをしたのにはそれなりの意味があった。
そしてアルノルドが何を言わんとしているのかをルカは即座に悟る。
「覚醒者の事ですね」
「……ご存知のようで安心しました」
「こちらで一番警戒すべき組織の素性くらいは流石に聞かされています。……勿論それだけの情報で事足りるとは思っていませんが」
海志幇にもラフォレーゼファミリーと同様に覚醒者がいる。その幼い子供でありながらも海志幇の覚醒者は組織の大半を指揮できるだけの権限を許されている。
海志幇は裏社会でも相当な規模を誇る組織だ。本来であればその一端であったとしても子供の玩具に出来るような存在ではない。
だからこそ海志幇がどれだけ組織側に付く覚醒者の機嫌を取る事に必死になり、リスクを背負ってでも傍に繋ぎ留めておきたいと考えているのかがルカにはよくわかった。




