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Case1-3.『平和な国での襲撃』

 上司の言葉に文句を付けたくなろうとも襲撃の手が緩められることはない。

 今は目の前の脅威を晴らすのが優先と判断し、ルカは次の標的へと狙いを定める。

 三か所から発砲される銃弾。

 それを避けるべく右へ左へとハンドルを切りながら運転していたアルノルドへ、幼い声が指示を出す。


「アルノルド、右に寄って」


 声を発したのはレーナだ。

 切羽詰まった状況でも動じる様子がないその声音に、ルカは眉根を寄せる。


(何のつもりだ……?)


 しかし指示を受けた当の本人であるアルノルドの判断は早かった。


「畏まりました」


 刹那、ハンドルが精一杯右へと切られる。

 遠心力を伴いながら対向車線へと突っ込む車。同時にその後輪すれすれのアスファルトを何かが弾いたのがルカの視界に入り込んだ。

 その何かは後方から迫る三台の車から放たれたものではない。更に遠方、だが威力は搭乗者らの持つ拳銃以上。


「――スナイパーか……!」


 レーナの助言がなければ車へ命中していたことだろう。後部座席に座っていた少女がどのようにしてスナイパーの存在を察知していたのか定かではないが、それについて深く考えている時間はない。

 スナイパーによる追加の攻撃に加え、迫る車三台からの発砲も続いている。


「アルノルドさん。あの三台、振り切れますか」

「私の運転では難しいですね」


 銃弾の雨が降り注ぐ中、衝突しそうになる数々の車を躱しながらアルノルドが答える。

 絶えず鳴るクラクションの音に紛れるようにルカは深々と息を吐く。


(先に狙撃手を仕留めたいところだけど、手前の車を無視はできないか)


 車の窓ガラスが銃弾によって次々と割れ、車内を破片で飾り付けていく。

 幸いレーナはシアの腕の中に囲われ庇われている為無傷であり、アルノルドが被弾した様子もない。

 しかしそれも時間の問題だろう。


「せめてあの車の動きが止まれば……」


 ルカが思わず声を漏らす。

 それが後部座席へ届いたのだろう。シアの腕の中に収まったレーナの丸い瞳がルカを見やった。

 その視線を感じ、様子を窺うように一瞬だけ彼女へ目を向けるルカだったがそれも長くは続かない。

 ルカが手を止めた僅かな隙を衝くかのように、後方から放たれた銃弾がリアガラスを更に粉砕する。


 気を抜くことが許されない状況下に奥歯を噛み締めながら、ルカは迎撃した。

 その時、再びレーナの声が響いた。


「あなたなら出来るでしょ」


 飛び散るガラス片の中、レーナが恐れる様子もなくシアの顔を覗き込む。

 暗く濁った瞳。どこを見ているのかさえ定かではないそれがしっかりと自身を映せるように。

 レーナは彼の頬を両手で包み込みながら微笑んだ。


「わたしを守って、シア」


 その声に先までの嫌悪を剥き出したような鋭さはない。愛おしさ、温かさを孕んだ声がシアへと向けられる。

 刹那。彼の腕がレーナから離れた。


 シアは自身の傍にあった扉を蹴破り、更に勢いをつけて車の上部へと飛び乗った。

 後方の車の搭乗者達の視線が一斉に彼へと集まる。

 身を守るもの一つ存在しない車上。格好の的となったシアへ一斉に銃口が向けられた。


 数々の殺意を真っ向から浴びても尚、唯一見える左目には何の感情も浮かばない。

 ただどこまでも深い沼のように淀んだ色が後方を映す。

 シアはゆらゆらと覚束ない動きで右目を押さえた。


 同時に鳴り響く発砲音。一斉に放たれた銃弾が体を貫くかと思われた瞬間、シアは右目を覆い隠していた眼帯を剥ぎ取った。


 そこにあったのは虚空。眼球は存在せず、代わりに暗い闇だけが穴に埋まっていた。

 取っ払った眼帯。その下に隠されていた『無』なるもの。

 その存在を後方の敵が認識するよりも先、シアの素顔が変容する。


 眼球の失せた穴を中心とし、血管が浮き上がり、茶色く変色する。

 血管の変化が耳元まで到達した途端、浮き上がった血管を突き破るように無数の管状の何かが飛び出した。

 先が鋭く尖り、途中でいくつにも分かれ出た茶色の管。それは枯れた枝のような代物だ。

 分かれた先端同士を無理矢理絡め、大きな一つの枝のような形状を伴ってシアの体の前へと手を伸ばす。


 そしてその『枯れ枝』が素早く何かを払い除けるような動きを取る。

 太い枝はいとも容易く敵が放った銃弾を弾き返した。それらは後方の車体へ穴を空ける形で打ち付けられる。

 一つは一人の運転手の脳天を直撃し、一台が道路を外れて車体を強打させる。

 もう一つはボンネットを貫き、爆音を伴って二台目が炎上する。それは黒い煙を上げながら動きを止めた。


 それを見届けて一つに纏まっていた枝の集合はその絡まりをゆっくり解し、本来の細い一本一本へと姿を戻していく。

 その最中も尚、虚ろな左目は最後の一台を捉えて逃しはしなかった。


 鋭く尖った数多の枝。それは既に戦闘意欲を失い、発砲を止めた敵へと向かって突き進む。

 そして次の瞬間。それは容赦なく前後左右の窓ガラスを突き破り、搭乗者全てを貫いた。

 文字通り蜂の巣となった搭乗者を乗せた車は減速を開始し、シア達との距離を大きく離していく。


 多勢をたった一人、それも異質な能力を用いて迎撃したシア。その光景を目の当たりにしたルカは助手席から身を乗り出したまま呆気に取られていた。

 しかしその動揺を長く引きずらないのは組織から聡明さを認められる彼の才でもある。


 すぐに我に返った彼はすぐさま次に施すべき対策の為、動き出した。

 助手席へ戻った彼は足元に転がっていた楽器ケースを乱暴に開ける。

 そこから姿を見せたのは一丁のスナイパーライフル。

 手慣れた手つきでそれを組み立てた彼は再び車から身を乗り出した。


「ルカさん、いくら何でもこの状況で狙撃手を狙うのは困難では?」


 対向車線から抜け出したアルノルドは未だ緊張を保った面持ちでルカの目論見の難度を指摘する。

 しかしルカはそれに対し鼻で笑う。


「恐らく大丈夫です。空港周辺の地形は全て頭に入ってますから」

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