Case8-2.『海志幇』
(それに、あの視線は俺を見ていたというよりは……)
「多分、あの不意を衝いた発砲も俺ではなくシアさんを狙ったものだったんでしょう。結果として軌道上にいた俺が負傷してしまった訳ですけど」
生き残っていた襲撃者の視線が自分ではなくその背後へ向けられていた事をルカは思い出す。
つまり男が最期に呟いた『裏切り者』という言葉はシアに向けられた物である可能性が高いという事だ。
そしてその事実を裏付ける情報――エミリオやアルノルドも知る事実をルカは把握していた。
「シアさんは元は『海志幇』に属していた。そうですよね」
海志幇。アジア圏を主な拠点とし暗躍するチャイニーズマフィアの一つ。裏社会では特に名の知れた組織だ。また、ラフォレーゼファミリーと敵対している組織の一つでもある。
シアには元々所属していた海志幇からラフォレーゼファミリーへと寝返った過去がある。彼が密告した海志幇の極秘情報の信憑性が確認された事、また彼の持ち出した情報によってラフォレーゼファミリーと海志幇との間の強弱関係が確立され、優位な立場を得られた事が評価され、シアは正式にラフォレーゼファミリーの構成員として迎え入れられる事となったのだ。
「そうだよ」
エミリオは未だぼんやりとどこかを見ているシアを横目に、短く肯定する。
彼は緊張を解すように大きく息を吐き、伸びを一つする。だがその顔には僅かな憂いが残っていた。
「そんなこったろうとは思ったけどねぇ。今の話を聞いても……やっぱり海志幇絡みの線が濃厚かなぁ」
「この短期間で二度も同じような方法で襲撃されていますし同一の組織が動いているとみて間違いないでしょう」
「お二人も目星は付けていたんですね」
「そりゃあねぇ。この辺りで一番活発に動いている組織だし、ボク達だって何度も迷惑を被っている。今回もかぁ、って感じだよ。あー、やだやだ」
「世界規模で見れば勢力は我々の方が圧倒していますが、アジア圏内となればまた話も変わってきますからね。厄介な相手です」
(……そうか。エミリオさんもシアさんも命を落としたのは確か海志幇絡みの作戦中だった)
事前に渡されていた資料の情報を思い出し、ルカは口を閉ざす。
レーナの命を影から狙っている存在は少なからず存在する。その脅威の正体を突き止め、事前に先回りをして対処する。レーナの護衛を担う館の者達にはそれが求められる。
エミリオが命を落としたのはレーナを狙う組織の影にいち早く気付き、その正体を探っていた時の事であった。
彼は海志幇が動いている事を確信するだけの情報を得たが、その代償に命を落とした。流浪者となったことによってその情報は何とか他の仲間へ届ける事が出来、結果としてエミリオが持ち帰った情報のおかげでラフォレーゼファミリーは海志幇への警戒を高める事が出来た。
シアは武力と知能、そのどちらも優れている事を評価され、海志幇の仮拠点の一つを陥落させる任務を担っていた。
詳細な記録は残されていないが、結果は敵の仮拠点に大打撃を与え、活動範囲の縮小に大きく貢献。しかし彼自身は戦闘中に自害。爆薬を用いて大勢の敵を巻き込み、命を落としたという。
「ボクが死んだのはもう結構前の事だから置いとくとして……。問題はシアくんの作戦の件からもそう時期が経ってはいないという点かな」
「頻繁に騒ぎを起こせば向こうの立場も危うくなりますからね。今まで何度か海志幇が動きを見せる事はありましたがどれも相応の期間を置いての事でした」
「シアくんのなんて、結構ニュースになってたしねぇ。焦っているのかムキになっているのか、はたまた拠点を潰された報復か……ま、とにかく鬱陶しい事には変わらないかなぁ」
シアが作戦に投じられてから三ヶ月弱が経っている。だが治安の良い日本の狭い範囲――それも都心部で、爆発だの銃撃などと事件に取り上げられてしまうような規模の衝突を繰り返す期間としては不適切と言えるだろう。
後ろ盾が有る、組織側で圧力をかけている等の事情があったとしてもそれで誤魔化し切れる範疇にも限りがある。
(勝手に目立って自滅してくれるならまだしも、こちらも巻き込まれる可能性が十分に考えられる以上……エミリオさんの言う通り、鬱陶しいことこの上ない話だな)
「まあ、それだけのリスクを背負ってでも仕留めるだけの価値があるって事なんでしょう。……組織のメンツっていうのは馬鹿に出来ませんから。やられっぱなしだと体裁が悪いというのもあるんでしょう」
ルカはこめかみを押さえる。
このまま退いてくれるのであればまだ良いが、同じ調子で襲撃が続くのであれば早くに手を打たなければならなかった。




