Case8-1.『海志幇』
館へ戻ったルカ達は帰りを待っていたアルノルドと談話室に足を運ぶと、早速彼へ事の顛末を報告する。
ルカやエミリオの説明に耳を傾けていたアルノルドは粗方の話を聞き終えても落ち着き払った様子のまま口を開いた。
「なるほど、ご苦労様でした。今後については……ボスに決定を仰ぐ必要がありますから一旦置いておくとして。襲撃者の素性に関しては何か得られましたか?」
「うーん、ある程度予想は付いているけど、あくまで憶測の範疇は出ないかなぁ。戦闘中に何か明確な情報を拾ったわけではないし」
アルノルドが淹れたコーヒーに口を付けながらエミリオがのんびりと答える。エミリオの好みを把握しているアルノルドが唯一、ミルクと砂糖を入れたコーヒーは他のものに比べて優しい色をしている。
談話室のソファの縁に腰を掛けているエミリオへきちんと座るようにやんわりと窘めながらアルノルドはルカへと視線を移した。
「同じくですね。相手の体でも探れれば良かったんですけど、住宅街だった事もあって警察の動きも早かったですし。……私物を放り棄ててく軽率な人達のお陰で少々時間も無駄にしましたし」
「ごめんって」
ルカが拾った手袋と眼帯は既に持ち主の手元に戻っている。
エミリオの右手は手袋で包まれており、シアの右目も眼帯で隠されている。
皮肉を込めた言葉にエミリオはあまり反省の色がなさそうな態度で両手を上げ、軽い謝罪をするが、シアはテーブルに置かれたコーヒーに手を伸ばす事もなく遠くをぼんやりと眺めている。
(話を聞いているのかいないのかすらわからないな)
戦闘時の反応速度を鑑みるに、聴覚が間違いなく機能している事はルカも把握済みだ。
だが日常の会話がどの程度彼の記憶に残るものなのかは定かではない。音として聞き流した情報を頭に留めておくだけの知性が残っているのかすら判別が付かない状況では嫌味も皮肉も意味をなさないもののようにルカは思えた。
「手袋拾うのも一苦労なんだよ、這いつくばって口で取るか腕が戻ってから取るかの二択だから。ルカくんが拾ってくれるのが早いかなって思ってさ」
「わざと置いていったんですね」
「だからごめんってばー、怒んないでよ。今度コーヒー奢ってあげるからさ」
「結構です」
自分と目を合わせようとしないルカの機嫌を取ろうとエミリオがしつこく声を掛ける。
ルカがそれを煩わしそうにあしらっていれば、ソファの傍で立っていたアルノルドと目が合った。
彼はルカを見ると優しく目尻を下げて微笑む。
「少しここに馴染んで来ましたね」
「どういう見方をしたらそうなるんですか。滅茶苦茶されているだけですけど」
「少なくとも初めてお会いした時よりは随分と口数が増えたように思います」
「俺だって別にお喋りがしたい訳じゃありません。仕事と……後はこの人が煩いせいです」
「酷い言い草だなぁ!」
不必要な会話という物をルカは好まない。
だがレーナを相手にしていれば無視や無口を貫くことはどうしてもできない。それに加え、館には顔を合わせる度に声を掛け、他愛もない話に付き合わせようとするエミリオがいる。
エミリオは無視を続けても話し続けるだけではなく、無反応で居続ければ反応の強要をルカにする。エミリオとやり取りを繰り返す内、彼の場合は無視をするより適当にあしらう方が楽だとルカは気付いたのだった。
「理由がどうであれ、良い傾向だと思いますよ」
「言葉の意図が良くわかりませんけど……」
「人間検定不合格者だもんなぁ」
「その変な肩書きで呼ぶのやめてください」
(話す度に茶々を入れられちゃあ、報告すらまともに出来たもんじゃない)
ルカが抗議するようにエミリオを鋭く睨めばエミリオは素直に口を閉ざす。
漸く落ち着いた場の空気にルカは深々と息を吐く。
コーヒーを一口喉奥まで流し込んでから彼は再び口を開いた。
「明らかな証拠や情報を見つけた訳ではないですけど、気になった事ならあります」
「聞かせていただけますか」
「敵の一人が呟いていた言葉なんですけど」
ルカが思い返すのは仕留め損ねていた敵の最期だ。
向けられる銃口、鋭い視線、動く唇。
「『裏切り者』と」
ルカは読唇術をある程度身に付けている。故に引き金を引く瞬間、相手が何を呟いたのかを読み取る事が出来た。
読唇術で読み取った言葉を明かした瞬間、エミリオとアルノルドの纏う空気が張り詰める。
その言葉が示す意味、そしてそこから割り出される事情をある程度把握したらしい二人は押し黙ってルカの話の続きに耳を傾ける。
二人の様子を視界に留めながらルカは話を続けた。




