Case7-1.『住宅街の奇襲』
帰路に就くレーナの気持ちが再び沈んでいる事にルカは薄々気づいていた。
(憐れまれているのか、選択できる立場に対し変に負い目を感じているのか……わからないが、多分俺はまた発言を誤ったんだろう)
レーナの態度が変わったのはルカが自分の過去について打ち明けてからだ。ルカは自分の話を通じてレーナに何かを考えて欲しいと思った訳ではない。単純に長らく忘れていた過去を思い出し、当時を懐かしんでいただけに過ぎないのだが、レーナにとってはそう簡単に流せるような話ではなかったらしい。
「少し寄り道をしていきますか?」
「行きたいところがあるの?」
「いいえ。ただ、レーナ様が今日もし沢山頑張られたら何かご褒美を用意しようとは前もって思っていたんです。……ケーキでも買いに行きますか?」
「……っ!」
ルカが来日してから早二週間。仕事をしていて気付いた事だが、館の者達はレーナに甘い節がある。
恐らく本人が強請ればケーキなど簡単に出てくる環境であるはずで、もしかしたら大した褒美にはならないかもしれないとルカは危惧していた。
しかしその単語を出した瞬間、レーナが弾かれるように顔を上げる。
(余程ケーキが好きなのか。繊細なのか単純なのかわからないな……いや、両方か)
レーナが頷いたのを確認し、ルカも頷きを返す。
館から一定の範囲内の地図を完璧に頭に入れているルカはケーキが買える店もいくつか把握している。
レーナの意見を聞き、候補を決めようとルカが口を開いたその時。
三人とすれ違った人物を視界の端に捉えたルカはその者が黒く光る何かを死角から取り出すのを見た
「シアさん!」
ルカは服の裏に隠していた拳銃を取り出すと姿勢を変える事なく背中に手を回す。
相手の歩く速度と方向、歩幅、背丈、姿勢。それだけの情報が頭に入っていれば敢えて相手の位置を確認するまでもない。
ルカは体の位置を変える間を省く事で最短で臨戦を可能とする。
(ここは住宅街。発報は目立つし殺せば痕跡を消す間もなく警察が動く。かと言って足止めだけで逃走するのはリスクが高い。――いや)
一秒にも満た無い時間でルカは考えを巡らせる。
だが次の瞬間、ルカは引き金を引く。
発砲音が二つ鳴り響いた。
放たれた弾丸の一つはレーナの元へ。しかしルカの声と同時に動いていたシアが彼女を抱き上げて大きく後退する。
弾丸はアスファルトを削って終わった。
一方、ルカが放った一発は相手の脳天を直撃する。
(……あの人がいたな)
「全く、ここ住宅街だよ? 勘弁してよぉ」
切迫した状況に不釣り合いな間延びする声がする。
遠くから跡をつけていたエミリオはルカの傍へ駆け寄ると右手につけていた手袋を口で取っ払う。
手袋を吐き捨てると露になった指先に彼は息を吹きかける。
刹那、彼の右手の輪郭が曖昧になり、煙となって宙へ広がった。
煙はルカ達の姿を隠すように包み込む。
エミリオには自身の体の一部を煙化させる能力がある。
敵の数がわからず、また顔を特定される状況下で一般人から発砲の瞬間を目撃される中で他者の視界を奪うエミリオの能力は都合が良かった。
一人を殺しても尚、発砲は止まない。傍で息を潜めていた敵がいたのだろう。
自分達を掠めていく銃弾の気配を感じながらエミリオは苦笑した。
敵の数は少なくとも五人を超える。故に発砲の間隔が短い。
しかし被弾した者が一人も出ていないのは間違いなくエミリオの能力のおかげだった。
「逃げよ逃げよ」
「ルカです。現在敵と接触して応戦中。住宅街、周辺の建物の構造上、遠距離からの射撃はないと思われます。応援求めます」
『了解。すぐ向かうわ』
エミリオに促され、ルカ達は住宅街を走り出す。
発砲の音や一般人の悲鳴が上がる中、ルカは通信機でイザベラと連絡を取る。
すぐに返って来た声を確認するとルカは拳銃を構えなおす。
レーナを抱え、先頭を走るシアは眼帯を雑に剥ぎ取ってその場に放ると顔から植物を生み出した。
枯れた植物は抱き上げたレーナを銃弾から守るように包み込む。
(やっぱり自我はある。それにレーナ様を守ろうという意志も強い。現状、レーナ様の身柄を預けていても問題はないだろう)
下手にシアからレーナを引き離すよりも銃弾をも弾く彼の植物に守られている方が安全だと判断したルカは自分達へ銃口を向ける相手の数や立ち位置を大まかに割り出す。
飛び交う銃弾、その方角と数。煙の外から四人を追いかける足音。
それを可能な限り正確に把握したルカが引き金を引く。
煙の先、銃弾を受けた追手が次々と呻き声を上げる。
視界が不鮮明なのはルカ達とて同じ事。急所を正確に狙う事が困難な状況ではルカの正確な照準も活用しきれない。発砲も牽制や足止め程度の物としかなり得ず、銃弾は敵の急所を外して命中した。




