Case6-6.『学校へ行く方法』
彼が指示した先では閉められていたはずの正門が中途半端に通り道を作っていた。人二人分が並んで歩ける程度の空間がそこには出来ている。
「軽く事情を話してきました。数歩中へ入る程度ならと快く頷いてくれましたよ」
「わざわざ許可を取りに行ったのね」
「この学校は防犯やセキュリティ対策が厳しい方ですからね。念の為ですよ」
ルカはそこで言葉を切る。それ以上何を言う事もせず、彼はただその場から正門の奥へ視線を向けながら黄昏た。
レーナが動こうが引き返そうが、それを尊重すると決めたルカは彼女が自分の意志で選べるようにと敢えて口を閉ざす。
(俺が急かして気乗りしないまま敷地を跨がせた所で良い効果は得られないだろうし)
穏やかな風が吹き抜ける。
優しく頬を撫でられる感覚に身を預け、僅かに目を細めていたレーナはやがてシアの手を握りしめたまま一歩前へと踏み出す。
一歩、また一歩とゆっくり、そしてやや覚束ない足取りで近づいたレーナは敷地の境界線の手前で一度足を止める。
あまり良い思い出はない場所だ。こんな場所の為に大切な人を蔑ろにするなんて考えられないとレーナは思っていた。
たかだかあと一歩踏み出すだけ。
だが僅かな躊躇いがレーナの中に生まれる。
胸の内で淀む不安を抱え、レーナはシアを見上げる。
虚ろな瞳が静かに彼女を見つめ返していた。
ふと、レーナの頭に先程のルカの言葉が過る。
――努力している姿を見て喜ばしく思う者、応援する者ばかりでしょう。
「……あなたも喜んでくれる? シア」
問いに答える声はない。
シアはただ真っ直ぐとレーナを見つめ続けるだけだ。
だがその目が逸らされないだけで、レーナの心に勇気が宿る。
レーナは笑みを浮かべた。
大きく深呼吸をして、口を引き結ぶ。
そして彼女は繋いだ手を引きながら一歩大きく前へと踏み出した。
レーナが学校の敷地へ足を踏み入れ、僅かに遅れてシアも中へと入る。
瞬間、突風が吹き、その場の者達の間をすり抜けていった。
「……あ」
ルカは小さく声を漏らした。
舗装された道、その脇に規則正しく居並ぶ木々が木の葉を散らす。
舞い散る葉に紛れながらレーナは辺りを見回た。
一歩踏み出せば、あまりにも呆気ないと感じた。
だが避け続けて来た選択へ踏み切った事、それが存外不快ではなかった事がレーナに確かな達成感を覚えさせる。
「大したことなかったわ。……ねぇ、シア」
拍子抜けし、小さな呟きを落とす。
学校という場所を頑なに拒絶し続けて来た自分が急に情けなく感じたレーナは困った様にはにかんだ。
「……そうか」
学校の中へ入っていったレーナとシアを外から見守っていたルカは小さく呟く。
真昼の日差しが少し強く感じ、彼は静かに目を細める。
満ち足りた気持ちになったレーナは穏やかに笑いながらシアに話し掛けている。
そしていくつか一方的に言葉を紡いだ後、最後に周囲の景色を視界に留め、レーナはシアと共に門の外へと出た。
「ルカ?」
合流を果たしたレーナは、誰もいなくなった正門の先を未だ見つめ続けるルカの様子に首を傾げる。
自分の名を呼ばれ、ルカはゆっくりとレーナへ視線を移す。
「どうかしたの?」
「大したことではないですよ。……ただ、少し思い出したんです」
「思い出した?」
「お金が欲しかった理由」
ルカは静かに目を閉じる。
且つて本の虫となり、自分よりも賢い大人へ新たな知識を強請り、大人達から語られる話に目を輝かせた少年がいた。
ルカは瞼を開ける。
レーナ達が満足したと判断した警備員が門を閉める姿が視界に映った。
閉ざされた門の先には、且つて少年が夢にまで見た、しかし決して足を踏み入れる事のなかった景色がある。
「学校に行きたかったんです」
レーナが目を見開き、息を呑む。
掛ける言葉が思いつかず、レーナが何も言えずにいるとルカは普段と変わらない調子で「帰りましょう」と呟いた。




