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Case6-5.『学校へ行く方法』

 裏社会へ足を踏み入れる理由は人それぞれだが、多くは子供に語れるようなものではない。それに比べれば単純でつまらない答えであったとしてもルカの動機はまだ真っ当な方であるといえた。


「お金の為だけにこんな仕事をするのね」

「お金に困った経験がなければあまりピンとは来ないかもしれませんね」

「どうしてお金が欲しいの? 生活に困ってるの?」

「今は別に困ってないですよ」

「じゃあなんで?」


 質問攻めにされ、ルカは少し戸惑う。

 興味を持ったものに対して次々と質問を投げる事は子供にはよくある話だが、それを知らない彼は何故こうもあれこれと問い掛けるのかと疑問に思った。

 だが答えを待つような視線がルカへ向けられ続けている以上、何も答えないという選択は期待を裏切ることに繋がる。

 ルカは小さく息を吐いた。


「昔はお金が欲しかったんです。その時選んだ仕事をそのまま続けているだけですよ。金銭で困る事は今のところありませんから」

「昔は生活に困ってたの?」

「まあ……それもあります。他にも理由はあったはずなんですけど、生憎忘れてしまって」

「……忘れるなんて事があるの?」

「エミリオさんにも言われました。忙しいと昔に思いを馳せる事もなくなるんですよ」


 生きる事だけを考えて必死に仕事を熟す段階を脱した時、生きる為に必要な術を頭に叩き込まれ、忙しない生活の中で思い返す事すら無くなった幼少の記憶は殆どが希薄となっていた。

 中でも苦労した記憶などは覚えているが、心躍った記憶、抱いた希望や期待など前向きな感情を伴った記憶は殆ど思い出せない。


 ルカはそれで困ったことも、嘆いたこともないのだが、どうしてだかレーナは寂しそうに眉を下げた。


「別に悲しむようなことではないですよ。忘れたということは思い出す必要がない、その程度のものだったというだけの話ですし」

「だって、あなたが楽しくなさそうだから」

「こうしてお話しするのがつまらないという訳ではないですよ。ただ、本当に記憶が曖昧で、語れることが少ないだけなんです」

「楽しかったことも忘れてしまうんでしょう。それは悲しいわ」


 当事者よりも気落ちしたような姿をレーナは見せる。

 だがレーナが悲しむ理由がルカにはよくわからなかった。

 彼が唯一分かる事と言えば、レーナを落ち込ませてしまうのは自分の立場上好ましくないという事だけ。

 レーナの機嫌を直すべく、ルカは口を開く。


「楽しかった事も全部忘れたわけじゃないですよ」

「例えば?」


 気を遣って適当な事を言っているのではという疑念の目がルカへ向く。

 それに肩を竦めながらルカは投げられた問いに答えた。


「勉強とか。新しい事を知るのは昔から好きでした」

「本当?」

「なんで疑うんですか。レーナ様だって今楽しく学んでいるでしょう」

「……それもそうね」


 レーナが真剣に勉強へ取り組めているのは元から備わった性質も勿論ある。呑み込みが早く、わかりやすく努力の結果が見えるのを好むレーナだからこそ、はなから勉強に対する苦手意識はあまり抱いていなかった。

 だが毎日の学習をより前向きに、自ら進んで取り組めるようになったのには間違いなくルカの指導が絡んでいる。

 わかりやすい解説の他、新たな知識を身に付け、それを活用する事の楽しさを理解した上でレーナへ還元するルカだからこそ、レーナはより一層勉学に励むようになったのだった。


「ルカが教えるのが上手い理由が分かったわ。勉強を楽しむ方法を知っているのね」

「お褒めに預かり光栄です。……と、着きましたね」


 レーナが納得を示した時、三人は学校の正門前まで辿り着いた。

 時刻は昼過ぎ。昼休憩へ入った校内の喧騒が敷地の外まで聞こえて来ていた。

 レーナの顔に、僅かな緊張が走る。だが同時に生まれたのは避け続けて来た敷地の中の景色に対する憧れだった。


「少し入ってみますか?」

「え?」

「久しぶりに来たんでしょう。折角なら一歩だけでも敷地の中に入ってみては? 勿論無理にとは言いませんが」


 レーナは迷いの中、目を彷徨わせる。

 シアの手を強く握り、躊躇うレーナを横目にルカは正門近くに待機している警備員へと近づいた。


「え、ルカ……っ」


 呼び止める声を聞きながらもルカは足を止めない。

 彼はレーナにその場で待っているようにとジェスチャーをするとそのまま警備員に話し掛けた。


 彼は人の好さそうな笑みを湛え、明るく挨拶をする。

 以降の会話は少し声量が落ちたせいでレーナの耳まで上手く届かなかった。


「……笑ってる」


 愛想よく、整った造形で唇に弧を描いた彼の顔を見たレーナは唖然とする。

 暫し警備員と会話を繰り返したルカは最後に笑顔で頭を下げるとレーナとシアの下へと戻った。

 警備員へ背を向けた頃にはルカの顔からは笑みが消え、いつもの無表情に戻っている。


「笑えるじゃない」

「別に必要であればいくらでも……どうして拗ねてるんですか」

「別に」


 不服そうな顔をするレーナの気持ちを汲み取れず、ルカは困惑する。

 理由を聞いても話そうとしない相手に困り果てながらも、彼は正門を指さして話題をすり替えた。

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