Case6-4.『学校へ行く方法』
「例えばなんですけど」
レーナはまだ潤んでいる瞳をルカへ向ける。
ルカは相変わらずの仏頂面のまま、自身の考えを表に出さない。
「シアさんと学校に行けるとしたらどうですか」
「そんな事出来るの?」
「現実問題可能かは置いておきましょう。レーナ様の妥協点や優先事項が知る為の質問なので」
レーナの視線がルカとシアの間を行ったり来たりする。
ルカの挙げた仮定の話を実際に想像する。
シアと登校し、学校で日中を過ごし、送迎の車に乗って帰宅する。
彼を独りぼっちさせないという目的は果たされるが、教室内で浮いてしまう事は間違いないだろう。
それでも登校出来るのかどうか。
レーナはしばらく頭を悩ませた内に小さく頷いた。
「多分、出来る」
「理由を聞いてもいいですか」
レーナの答えをルカは少し意外に思った。
ルカは学校に通った事がないが、それでも学校で保護者がずっとついている光景という物が異質に見えるだろうという予測は容易くできる。
そしてレーナの中に生まれるプライドや恥じらいはその状況を許容出来ないのではと考えていたのだ。
「私を笑ったり気持ち悪く思う子はいるかもしれないけど、シアはそうじゃないでしょ」
「関係値の低い多勢よりも自分を理解してくれる大切な人が一人でもいれば頑張れる……という事ですか」
「うん」
「なるほど」
(思ったよりも割り切った考え方だな。やっぱり一番はシアさんへの依存をどう解消していくかという点……それさえ何とかなれば恐らく後は簡単に事を運べる)
ルカはレーナの考えをゆっくりと咀嚼する。
そしてある程度の理屈を理解した所でルカは話し始めた。
「少しだけ補足をしますね」
「補足?」
「レーナ様が頑張る姿を見て笑わない人はもっと沢山います」
聞き返す声に頷きが返される。
ルカの言葉にレーナは目を見開いた。頭を過るのは館の使用人達の姿だった。
「寧ろ、努力している姿を見て喜ばしく思う者、応援する者ばかりでしょう。この辺りはレーナ様の方がお詳しいと思いますが」
「……うん」
皆まで言わずともわかるだろうと踏んだルカは具体的な名を挙げる事を控える。
レーナが小さくはにかみながら俯く。
心の中に生まれた喜びを噛み締めて少し経った頃、レーナはおずおずとルカの顔を見た。
「ルカも?」
「当たり前でしょう」
「……そもそも笑わないものね」
「命令であればいくらでも。腹の立つ奴がいた時にでも言ってください」
返事は間髪入れず返って来る。
それに安堵したレーナは感情の緩みを誤魔化すように軽口を零した。
ちょっとした嫌味のつもりでもあったのだが、それすら簡単に往なされ、更に心が軽くなるような言葉で返される。
同時に、ルカの笑う姿を上手く想像できなかったレーナは彼の笑顔に興味を抱いたのだった。
レーナはしがみ付いていた腕を解くとシアと手を繋ぎ直す。
いつの間にか虚ろな目が見下ろしている事に気付いたレーナは浮ついた気持ちのままシアへ笑い掛けたのだった。
暫くの間、昼間の日差しを浴びながら三人は口を閉ざして歩き続ける。
しかしレーナの機嫌が良いのは明らかであり、足取りも随分と軽い。ルカが沈黙を貫いているのはその散歩を楽しむ気持ちを邪魔しない為であった。
その為三人の空気は決して悪いものではなかった。
小学校の広々とした敷地の一角が先に見え始めた頃。前触れなくふと過った疑問をレーナが呟く。
「そういえば、ルカはどうしてここに来たの」
「どうして、と言われても。上の人からの指示ですよ」
「そう」
(レーナ様とシアさんを引き離す為とは口が裂けても言えないしな)
何か疑われているのかとルカはレーナの顔色を窺う。
しかしレーナが何かを懸念している様子はない。それはただの純粋な疑問、世間話のような感覚での質問であった。
「じゃあ、そもそもどうしてこの仕事をしているの」
「この仕事、というのは」
「変に気遣う必要はないわ。家が普通じゃない事は流石にわかってるし、空港からの帰りの時だって色々あったでしょ。ああいうのも初めてじゃないし、大体の事は察してるの」
(子供らしい未熟な面も多々あるが、基本的には落ち着いているんだよな)
組織についてレーナがどこまで把握しているのか。それを探る為白を切ればすぐにレーナ自身からその答えが明かされる。
人と人とが命のやり取りをする。自分が命を狙われる。そんな話題を仄めかしながらもレーナは平気な顔をしていた。
「金ですよ」
何かそれらしい理由を取り繕うかとも考えたが、ルカは結局事実を話した。




