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Case6-3.『学校へ行く方法』

 館の統括をしているアルノルドへ外出の許可をとり、ルカはレーナとシアと共に外へ出る。

 道路側をルカが歩き、その隣にレーナ、そして彼女と手を繋いでいるシアという順で三人は並ぶ。


(……散歩一つでこうも気を張らないといけないというのも難儀というか何というか)


 何も知らないレーナの隣を歩きながら、ルカは小さく息を吐く。

 ルカ達から少し距離を置いた後方に気配が一つ。日頃と違う雰囲気の服装のエミリオが一定の距離を保ちながらルカ達を尾行していた。

 元より情報収集を得意とするエミリオは尾行の際に現れやすい言動の違和感を最小限に止めていた。

 気配を消すのではなく、人を追うという意識的な行動を悟られないよう、日常風景に溶け込んだ振る舞いをする。

 ふとした時に出る何気ない仕草や動きを模倣する技術こそ、エミリオが上層から利用価値があると認められた最大の要因であった。

 おかげでエミリオはすれ違う通行人と違わない自然体を装うことができる。


(気を抜いたら見失うな)


 エミリオの追跡能力に内心舌を巻きながら、ルカは片耳に着用した通信機を軽く触る。


 エミリオの他にも離れた場所では有事の際にいつでも動くことができるようにとイザベラも待機しているという旨をルカはアルノルドから聞かされている。


 レーナの立場を考えれば妥当な判断だろう。

 いつどこで命を狙われるかわからない以上、周りは常に気を張って行動しなければならない。


 館の者達はレーナが家の中で塞ぎ込まないようにと定期的に外にレーナを連れて出掛けるようにしているが、その都度こうして数少ない館の人員の殆どを動員して周囲を警戒していた。

 不必要にレーナに気負わせないよう、少しでも日常的な風景を味わえるように大人達は常に暗躍しているのだ。


「レーナ様」

「何?」

「シア様と離れがたいという事の他に、学校へ行きたくない理由はありますか?」

「……ない訳ではないわ」

「良ければ教えてくれませんか」


 小学校までの道のりは短くはない。移動のついでにレーナの考えをより深く知る事が出来ればとルカは期待を抱いた。

 レーナは小さく頷くとぽつぽつと呟いていく。


「車で来る子よりバスで来る子の方が多いから、それだけで目立つの。それに、外国人は多くないから……皆変な目で私を見るわ」

「変な目?」

「興味とか、嫉妬とか、蔑みとか……色々よ。それに私がいると気まずそうにする子も多くないから」

「居心地が悪いんですね」


 再び、レーナが首を縦に振る。

 学校で奇異の目に晒された時の事を思い出したレーナは繋いでいたシアの手を強く握りしめる。


「でもやっぱり一番はシアと一緒に居たいの」

「本当に仲が良いんですね」

「それもあるけど……。私が、シアを一人にしたくないの」


 レーナはシアを見上げる。

 虚ろな目をした青年はぼんやりとどこかを見ている。

 その横顔を眺めながら過去の情景を思い返したレーナはやがて長い睫毛を静かに伏せた。


「シアは独りぼっちで死んだの」


 ルカはレイ・シアに関する情報を事前にいくつか閲覧した上で来日している。

 故に生前の彼がどういう立場にあり、どのように命を落としたのか、粗方の経緯は頭に入っていた。

 レーナの言う『独りぼっちで死んだ』という意味も何となく理解が出来ていた。


「暗い所も寒い所も、痛い事も悲しい事も、独りぼっちだと酷く辛い事を私は知ってるもの。……シアはきっとそういう場所に行ったの」


 レーナがシアの腕に縋りつく。

 その目には涙が浮かんでいた。


「私、気付いてあげられなかったの。いつもみたいにいってきますって言うシアを止める事も出来なければ、傍に居て助けてあげることも出来なかった」


 レーナの能力は万能ではない。十秒という時間の制約があるし、タイムスリップで影響を与えられるのも自身の周囲の環境程度だ。

 過去へ遡った覚醒者本人が行動を起こす事で初めて未来が変わるという性質上、遠く離れた者の運命を変える事は出来ない。

 そしてレーナがシアの死を知ったのは勿論、彼が死んでから十秒以上が経過した後だった。


「……もうそんな思いはさせたくないの。だから私はずっとシアの傍に居るの」


 傍に居れば、仮に何かが起きたとしても今度こそ助ける事が出来る。

 そしてシアが死ぬ間際に感じたかもしれない心寂しさを埋めてやる事も出来る。

 それこそがレーナがシアの傍を離れたがらない理由であった。


(つまりはただの自己満足……な事は、わかってそうだな)


 レーナは悔しそうに眉を寄せ、涙を堪えている。

 シアが生前何を思っていたのか、そして今何を感じているのかは本人にしかわからない。そしてそれを直接聞くことが出来ない以上、レーナの行いは自己の未練を満たすものにしかなり得ない。

 そしてレーナは一度も『シアの為』とは言わなかった。主語も一貫して自分自身であったことから、その事実を理解しているのだろうとルカは踏んだ。


「そうだったんですね。話してくれてありがとうございます」


 ルカは静かにハンカチを差し出す。

 しかし涙を堪え切ったレーナは首を横に振ってそれを断った。


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