Case1-2.『平和な国での襲撃』
レーナ達へ追いつき、アルノルドの出した車に乗って移動する中、ルカは小さく息を吐いた。
窓の縁に肘をつき、外を眺めているふりをしながら後部座席に座るレーナとシアへと意識を向ける。
(まさか子供のご機嫌取りを任される日が来るなんてな……)
ルカに子守りの経験はない。子供の扱いにも自信はない。
それに加えて相手の好感度は現時点で既にマイナス。
――機嫌を取れと言ったとて子供に対する知識も殆どない状態でどうやって相手の心を解せと言うのだろうか。
ルカがそんな不満を募らせていると、隣でハンドルを握っていたアルノルドが穏やかな口調で話し掛けてくる。
車内の気まずい空気を感じ取ったのだろう。口下手且つ子供との接し方がわからないルカにとってはありがたい助け舟であった。
「館には他にも何名か雇っておりまして。皆、少々個性は強いですが仕事の出来る者達ばかりで……ですよね、レーナ様」
「知らない。シア以外はどうでもいい」
しかしその助け舟も臍を曲げた少女の前では呆気なく沈んでしまう。自身の言葉を鋭い言葉で切り捨てられたアルノルドは困ったように眉を下げた。
「……すみません、今日はいつもに増してご機嫌が優れないようでして」
「お気になさらず」
子供の主張は時に理屈に関係なく振りかざされるものであることをルカは知っている。故にレーナのあからさまな拒絶を見ても特に動じることはない。
(ただ、我が強そうではあるから……。やはり絆すのには時間が掛かりそうだな)
やりがいもなく厄介な任務。そんな印象を抱かされる自身の仕事に対し、ルカはどうしてもやる気が出ない。
命を張るような仕事を進んでしたいわけではないが、替えの利くような雑用を望んでいる訳でもないのだ。
これからのことに頭を悩ませながら再びため息を吐きかけた時、アルノルドがルカを横目に見やった。レーナを会話に巻き込むことは諦め、ルカの気を悪くさせないことに重きを置いたらしい。
「ルカさんは日本語を話すことは出来ますか?」
「多少なら。口語ならそこまで苦労することもないと思います」
イタリア語を用いたアルノルドからの問いに対し、ルカは日本語で返す。
多少なら、とは言いつつもその言葉遣いは殆ど違和感がない発音を守っている。それらに目を瞬かせたアルノルドは満足そうに笑みを深めた。
「事前にお話は伺っていましたが、本当に賢いのですね。貴方のような方がいらしてくれて、とても心強いですよ」
ルカが問題なく日本語を話せると悟ったようだ。アルノルドはイタリア語を扱うことを止め、代わりに敬語を交えた日本語を巧みに用いた。
文句の付けようのない流暢さ。彼の日本語の発音はルカ以上に正確であった。嫌味だろうかとルカは訝しむような視線を向けてしまう。しかしアルノルドは裏の感じられない微笑みを浮かべている。腹の底を隠す事が求められる職種。考えている事を表に出さないなど当たり前の世界に生きる者の顔色など判断基準にはならない。
故にあくまで本心はわからない。しかし表向きであろうと友好に接する姿勢を相手が見せているのならばそれに乗るべきだろうとルカは判断し、素直に礼を述べた。
「ありがとうござい――」
しかしその言葉を途中で止まった。
視線の端、自分達の乗った車の横で僅かに減速した車を捉えたルカは咄嗟に懐に隠していた拳銃を取り出し、窓の外へ向ける。
「っ、ルカさん!?」
「襲撃者、います。発砲許可もらえますか」
言葉と共に睨みつけるのは並走する車の中で銃火器を構える男達。ルカの持つ拳銃の銃口が運転手へ向けられたからだろう。相手の車は更に減速し、ルカ達の車の斜め後ろを陣取った。
「……構いません」
「ありがとうございます」
アルノルドの許可を得たルカは助手席のドアを蹴り開ける。
そして躊躇なく解放された扉から身を乗り出し、斜め後ろの車の前輪目掛けて発砲した。
短い発砲音が二つ連なる。
一発はルカのもの。もう一発は後部座席から身を乗り出した相手の発砲。
しかし焦りが伴ったのだろう、銃弾はルカの髪を掠めて過ぎ去った。
直後。
後方の車が左右に大きく揺れるような動きを見せ、ガードレールへ衝突しながらその挙動を止めた。
通行止めになった道路。
周りを走行していた車が急ブレーキを踏み、ルカ達の後方はすぐさま渋滞に塗れていく。
しかしそれをすり抜けてやって来る車が三台。フロントガラスから見える運転手らは総じてルカ達の車を注視していた。
「頭、下げてください!」
ルカは後部座席へ声を投げる。
レーナはすぐに小さく身を屈め、更にシアがその上に覆い被さった。
直後。緩められない襲撃の手は追撃として次々と銃弾をお見舞いする。
(日本は治安がいいんじゃなかったのか……!?)
リアガラスが割れる。
その聞きながらルカは上司の言葉を思い出し、心の中で叫んだのだった。