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Case5-10.『子供を手懐ける方法』

「で、あのどん底の状態からどうやってあそこまで距離を詰めたのさ」

「別に大したことはしてないですよ」


 昼食の支度をする為に一旦廊下へと出て来たルカとエミリオはイザベラと共に厨房へと向かう。

 ルカは自身の言動を振り返り、その時考えていた事を言語化していく。


「レーナ様が俺の話を聞く気になってくれた理由はわからないです。今朝、急に部屋に入れてくれたので。その後も下手な小細工をする前にとりあえず先日の無礼に対する謝罪をしました。その後は……」

「その後は?」

「何故シアさんに話し掛けるのかと聞かれて」

「ああ、そういえば昨日、お風呂の前でシアさんに声を掛けていらっしゃいましたね」


 職業柄、人の気配や物音に敏感になる者は少なくない。そして敏腕の構成員として相応の評価をされているイザベラもそうであった。

 レーナに着替えを促している最中も脱衣所の外の気配に気付いていたイザベラは、その時のルカの声も耳にしていた。


「へぇ。シアくんに」

「昨日の今日でレーナ様の心境が変わったというのなら十中八九、そこが絡んでいると思いますよ。今のシアさんへの接し方は、私達ですら戸惑う事がありますから」

「ああ、そういう事か」


 イザベラの説明を経て、ルカは漸く腑に落ちる。

 レーナの態度が変わったきっかけは、ルカがシアを他の者達と変わらない接し方をした事だった。シアに執着し、一人の人間として接しているレーナにとって、ルカの言動はその振る舞いを肯定してくれる事のように映ったのだ。


「それで、ルカくんは何て答えたの?」

「レーナ様がシアさんに執着しているのはよくわかっていますし、その問いの意図も何となくわかりました。要は、話すことも出来なければ自我を殆ど持たないシアさんを差別しない、一般人と変わらないと認めて欲しかったんでしょう。なので求められているであろう返答をしました」

「……うん?」

「シアさんの事を一人の人間として尊重している事を押しつけがましく、わざとらしくならない程度に強調しました。理屈と事実を織り交ぜて話す事で疑念は薄れますし、一度不安を払拭されれば人は心を許しやすくなりますから、レーナ様のお気持ちと自分の気持ちがそう変わらない事を匂わせ、レーナ様の考えに共感している事を暗に示しました。後は……」

「ちょ、ちょっと待った!」


 記憶を辿り、その時の思考を早口で言語化していたルカはそれを遮るエミリオの声で話を止める。

 エミリオは苦く笑い、頬を掻きながら無表情なルカの顔を見つめる。


「えっとルカくん、もしかして理屈と計算でゴリ押してそれっぽい言葉で取り繕ったって事? その過程でルカくんの本心の話とかしなかったの?」

「しましたよ。嘘は吐いてないです。思った事をより都合の良い言葉で言い換えただけで……何でそんな顔するんですか」


 エミリオは顔色を悪くさせ、まるで異質な生命を見るかのような目つきでルカを見る。イザベラは普段と変わらない微笑を浮かべているが、眼鏡の奥の目が心なしか笑っていないようにルカは感じた。


 エミリオは覚束ない足取りで数歩ルカから距離を取りながら額に片手を当てる。


「ふ、不合格だぁ……っ」


 エミリオの嘆くような叫びが廊下に反響した。




 部屋の中、ルカはレーナと向かい合う形でソファに腰を下ろし、運んできた昼食を食べる。


(事態は好ましい方へ転んでいるはずだし、それは他の人達からしても同じ事であるはずなのに。何であの二人は嫌な顔をしたんだろう)


 咀嚼をしながら彼が思い返すのは昼食を持ってレーナの部屋まで戻る時の事だ。



***



「レーナ様、可哀想に……」

「可哀想?」


 大きく肩を落とし、エミリオは呻く。

 その言葉の意図がわからないルカは首を傾げた。


「そうだよ。レーナ様はルカくんの本心や考えを聞きたかったんでしょ。確かにキミがこう答えてくれたらって期待していた物はあるだろうけど、それは決して気持ちを偽ったり取り繕ったりしてまで欲しかった言葉ではないって事だよ」

「いや、言わんとしている事はわかりますけど。それが繕った言葉かどうかなんて、レーナ様にはわからないでしょう。バレなきゃ真実と同じじゃないですか」


 あくまで仕事の為。結果を出す為。その為にレーナを懐柔する必要があるなど本人には到底伝えられない。

 自分の目的や本心がレーナの望んだ言葉に沿う事はないとわかりきっているからこそ、ルカは彼女が求めた物をそのまま口にしたのだ。


 結果としてレーナは警戒を解き、心を開いた。

 それが作られた言葉でしかない事など彼女は露程も知らない。

 知れば悲しむだろう真実に本人は気付いていない。だから悲しむ機会もないし、ルカに多少なりとも懐き始めているところを見るに、その時のルカの返答をレーナが喜ばしく思っている事も明白だ。


「結果としてレーナ様の機嫌も良さそうですし、憐れむ要素もないですよね」

「……駄目だなぁ、通じてない」


 エミリオは途方に暮れ、言葉を失う。

 そして何か言ってくれと助けを求めるように配膳ワゴンを押しているイザベラを見た。

 それまで介入せず二人の会話を聞き流していたイザベラはその視線に気付いてエミリオへ微笑み返すと再び前へ向き直った。


 しかし助け舟が出される事はなさそうだとエミリオが肩を落としたのも束の間、イザベラが口を開く。

 

「仕事熱心な事は良い事よ、別に。けれどこれだけは覚えていて頂戴ね」


 イザベラの瞳が傍を歩いていたルカを捉える。

 口元には変わらず笑みが添えられているものの、その目つきは鋭かった。


「今後、レーナ様を泣かせるような事があれば……私は貴方を許さないから」

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