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Case5-9.『子供を手懐ける方法』

 勉強が嫌いと言うわけではないと言ったレーナは物覚えが良く、要領も良かった。

 勉強を勧められても嫌な顔をせず教材を用意してルカを待っていたし、実際に勉強に取り組み始めても真剣に向き合っている。


 問題が解けた時の達成感や一度学んだ事を活用しきれなかった時の悔しさなどが彼女のモチベーションに繋がっていた。


 頑なに学校へ行きたがらないレーナが積極的に勉強へ向き合っている姿はエミリオ達にとって驚くべき事であった。

 今までも勉強を促せば教材に向き合う姿勢を見せる事はあったが、ここまで学習にのめり込む姿はエミリオもイザベラも久しく見ていなかった。


 レーナの集中を切らさないようにとその場にいる者全員が口を閉ざす。

 難しい顔で教科書や問題集を交互に見つめるレーナは時折ノートに鉛筆を走らせる。

 そしてその工程を何度か繰り返した後、鉛筆が静かにテーブルへ置かれた。


 レーナは無言でノートをルカの方へ向ける。

 それを合図にルカがノートを覗き込み、内容を確認した。


「ん、正解ですね」


 緊張していたレーナの頬が僅かに緩む。

 それを横目に、ルカが赤ペンで丸を描いた。


「おおー!」

「流石です、レーナ様」

「……大袈裟よ」


 エミリオとイザベラに囃し立てられたレーナが顔を背ける。

 だが拒絶の類の言葉が出ないのは心の底から嫌がっている訳ではないからに他ならない。


「頑張った時はきちんと褒めて、ご褒美をあげないと駄目だよ、ルカくん」

「褒美って……。問題を解く度にですか?」

「毎回は流石にあれだけど、難しい問題が解けた時とかくらいはいいんじゃない?」


(流石に甘やかしすぎだろ)


 一問問題を解く度に物を与え続けるというのはあまりにも非現実的であるし、勉強の目的が褒美にすり替わることもルカにとっては望ましくはなかった。

 何かを貰える事に慣れてしまえば、褒美に対する喜びがなくなり、勉強に対するやる気も大きく低下しかねないと考えたからだ。

 だが、エミリオの言う『褒美』というのは必ずしも何かを贈らなければならないという類のものではなかった。


「簡単な物でいいんだよ。頑張ったねっていう証があればいいんだから」


 エミリオがルカに手を差し、彼の持っていた赤ペンを求める。

 怪訝そうな顔をしながらもルカがペンを渡せば、彼は描かれた丸の上に何かを描き足す。


 耳と尻尾、短い手足、顔。

 ルカの描いた円はあっという間に謎の小動物へと姿を変える。

 恐らくは猫。雑に付けられた丸を無理矢理活用したからか、歪な形の生物が生まれてしまってがその顔は何とも言えない愛嬌があった。


「じゃーん」

「……猫?」

「せーかい!」

「猫ってこんな体でしたっけ」

「いーの! ファンタジーって事で」


 エミリオが描いた動物の正体を悟ったレーナの隣ではどこまでも現実主義なルカが首を傾げる。

 落書き一つが褒美と成り得るのか、疑るように眉根を寄せていたルカはしかし、レーナが満更でもない顔をしていることに気付いた。


「味気ない丸よりもよっぽど可愛いでしょ。ね、レーナ様」

「……別に」


(なるほど、この程度の事で喜ぶのか)


 エミリオの提案はルカが思うよりも随分と容易な物であった。

 愛想ない返しをするレーナの表情も、素直に喜ぶ事を恥じらい、その気持ちを隠そうとしているだけの物だ。


(手の加えようはいくらでもありそうだし、検討してみよう)


「さて、お勉強も一段落ついたようですし、お昼にしましょうか」

「そうですね。じゃあ続きは昼食の後に……」


 ルカが今後の学習計画を脳内で展開していると、イザベラが一つ手を打った。

 彼女の提案に同意を示しながらルカは手際よくテーブルの上を片付ける。

 そしてレーナの食事の邪魔になる事を避け、また自分の食事も済ませてしまおうと彼はレーナから背を向ける。


 だが次の瞬間、レーナの腕がルカの袖へと伸ばされる。

 意外な行動にルカは目を丸くして振り返る。


「ここで食べればいいわ。……そうすれば勉強もすぐ再開できるし」

「俺は別に構いませんけど」


 許可を求めるようにルカがエミリオとイザベラを見る。

 イザベラは優しい微笑みを浮かべたまま静かに頷きを返す。

 だがルカ達の傍にいたエミリオは投げられた視線に答える事無く、レーナの反応に対し信じられない物を見たかのような目をした。


「な、納得がいかない……っ!」


 昨日までとは明らかに違うレーナの態度と距離の縮まり方に異が唱えられる。

 好ましい結果を得たはずなのに文句を零される状況の理解に苦しみ、ルカは肩を竦めたのだった。

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