Case5-8.『子供を手懐ける方法』
「では早速ですが、職務に取り掛からせて頂きます」
素直ではない答えを承諾と捉えたルカは短く礼を述べるとレーナから離れる。
閉め切っていたカーテンに手を掛け、特に制止の声が掛からないことを確認してからそれを開ける。
差し込む朝日が部屋の中を一層明るくした。
「朝食は既に摂り終えていますよね。別でお飲み物をお持ちしましょうか」
「……ミルク」
「ホットかアイス、どちらにされますか」
「ホット」
「わかりました。お待ちください」
カーテンを開けた後、換気のために窓を開け、ベッドメイクを施すルカの手際は思わず目を奪われるほど良い。
ルカは飲み物を淹れてくると告げると部屋の扉に手を掛けた。
そしてふと思い出したかのように彼はレーナへ振り返る。
「レーナ様。一つお伺いしたのですが、お勉強自体に抵抗があったりはしますか?」
「……別に。嫌いってわけではないけど」
「それは良かった。もしよければ、俺が戻るまでの間に学校の教材を用意しておいてください」
学校へ向かわない理由が勉強以外――例えばシア絡みであるのだとすれば、勉学自体の抵抗感自体は抱いていないのかもしれない。そう予想していたルカはレーナの返答に満足し、頷きを返す。
レーナは何も言わず、視線だけでルカを見送る。
ルカはそんな彼女へ一礼し、退出する。
廊下へ出た彼は閉まった扉を背に一つ息を吐いた。
(こんなものか)
緑色の瞳は静かに周りの風景を映している。
そこには何の感情もなく、ただ冷たい色だけが孕んでいた。
ルカは決して嘘を吐いていない。しかし、自身の本心を全て打ち明けたのかと言えばそれは否であった。
レーナの突拍子もない問いの意図を察してから彼女が求めていたであろう答えに辿り着くまではあっという間であった。
そしてその答えを理解したルカは自らの本質――職業柄の冷酷さや思惑、本心などを意図的に隠し、それらをレーナが求めている言葉に寄せて誤魔化し、取り繕う事で相手にとっての模範解答とでもいうべき答えを用意することに成功したのだ。
(結局、レーナ様も本質はただの子供というわけか)
感情的になり、涙を滲ませたレーナの姿をルカは思い返す。
子供のレーナの感情表現は大人のそれよりも随分とわかりやすい。
常に裏社会で他者の顔色からその心意を悟っていたルカにとって、レーナの気持ちを汲み取るのはあまりにも容易かった。
(学校へ行かせる事が目標である以上まだ気は抜けないが、今までに比べれば警戒も緩むだろうし、話さえ通じればやりようはいくらでもある)
再び部屋へ戻ったその時、教材が出されていたのならばまずは勉強するという行為から登校へ結びつけられるよう動いてみる。教材が出されていなければその理由や考えをレーナから直接聞けばいい。
そう思い立った彼は特に思い詰めることもなく、廊下を歩きだした。
エミリオ、イザベラは半開きになった扉から頭を覗かせる。
怪訝そうに眉根を寄せる二人が見ているのは部屋の先で教材に向き合うレーナと、その傍に立つルカだ。
「ここは?」
「ああ、応用ですね。これはさっきの公式を使って……」
長いソファの端に座るレーナの右隣から教材を覗き込み、ルカが疑問に答える。
レーナの左隣にはシアが腰を下ろし、ぼんやりとどこか遠くを眺めていた。
それを遠目から見ているエミリオ、イザベラはその場の空気が険悪なものにはとても見えなかった。
「な、納得いかないんだけど!?」
「煩いですよ。勉強の邪魔です」
「煩いわ」
「酷い!」
視線は教材へ向けたまま、ルカは入口から声を上げるエミリオを嗜める。
それにレーナも同意を示せば、エミリオが悲しそうな顔をした。
「ええ……っ。ほんの少し前まで閉め出されてたじゃん。一体何があったの?」
「少しお話しをさせていただいただけですよ」
「入っていいなんて言ってないわ。あっち行ってて」
「ほら、レーナ様の当たりも強い! 絶対何かあったんだ!」
「レーナ様がエミリオさんに冷たいのはいつもの事でしょう」
「ひ、酷い……!」
ルカ達の様子を覗き見ていたエミリオが当たり前のように部屋の中へ足を踏み入れる。
許可なく入室し、距離を詰めるエミリオをレーナは煩わし気に睨んだ。
レーナの言葉にも棘があったが、扉の前でわざとらしく肩を竦めるイザベラの声も随分と冷たいものがあった。
「そうだ。そろそろお昼の時間だから様子を見に来たのだけれど。レーナ様、お持ちしてもよろしいですか?」
「もう少し待って。これだけ解いてしまいたいの」
「……驚いたなぁ、本当に」
イザベラの問いに、視線をテーブルに縫い止めたままレーナが答える。
教材を真剣に見つめるレーナの横顔を見ながらエミリオがしみじみと呟いた。




