Case5-5.『子供を手懐ける方法』
(前回、『お前に何が分かるのか』と拒絶された事を鑑みれば、薄っぺらい共感が求められてはいないことは辛うじてわかる。そして理屈だけで話すなと釘も打たれている。けど相手のことはまだ理解出来ていない。ここで今の俺に出来ることはまず、無礼を働いた謝罪を述べることくらいか)
自らの行いを振り返って見えた非、そしてエミリオから指摘されたことを参考にし、辛うじてルカ自身でも汲み取れる範疇のレーナの感情と自らの失敗を推測する。
レーナが学校に行こうとしないこと、そしてシアに執着することに、彼女なりの理由がある事は確かだ。そしてそ意志の強さも言動から推し量る事は難しくない。
それに対し、初対面の相手からわかった風な口を聞かれれば自らの意思を軽んじられたと感じてもおかしくはない。
これは子供に限らず大人が相手でも同じことだろう。例え同じ発言であったとしても、信頼関係というものによって相手の態度が大きく左右されることはルカも理解している。
だからこそここは配慮に欠けていた点であると明確いえるだろう。
これがルカが気付いた自らの失敗だ。
そしてエミリオがルカへ教えた子供なりの価値観。矛盾を指摘された子供が傷ついてしまうことがあるという助言。
レーナが涙を流したことを鑑みれば、ルカの言葉がレーナを傷つけたという事実は間違いなく存在しているといえる。
信頼関係を無視した傲慢な振舞い、そして傷付けるような物言いをしてしまったこと。ここに対する謝罪であれば大きく的外れなことを言うようなことにはならず、自分なりにレーナのことを考えて来たのだという誠意もそれなりに伝わるのではないかとルカは考えた。
そして不必要に口を開くことはしない。足りない言葉を付け足す事は出来ても、言い過ぎた言葉をなかったことにはできないのだ。
故にルカは謝罪の意を述べた後、頭を下げたまま口を閉ざし、レーナの返答を待った。
「……そう」
静寂の後、零れたのはたった二文字。許すでも許さないでもなかった呟きをレーナは零した。
レーナは下げられた頭を前に視線を彷徨わせる。だが暫しそうして何か悩んだのち、シアを抱きしめる腕の力を込めながら意を決して口を開いた。
「どうして」
「はい?」
「……どうして、シアに話しかけるの」
投げかけられた問いの意図が分からずルカは顔を上げながら聞き返す。だが聞き返した後、言い直されたレーナの問いの意味もまた、ルカには汲み取ることが出来なかった。
「どうして、と言われましても」
来日初日の襲撃時、そして昨日の夕刻。ルカはシアと初めて会った時から何度か彼に声を掛けたことがある。
だがそこにいちいち求められるような大層な理由はない。
「そこに彼がいたから、としか」
レーナは難しい顔をしながらルカの返答を聞いている。何をそう疑問に思っているのかがわからないルカはレーナの琴線に触れないよう手探りで言葉を選びながらも、彼女が納得するまで説明を続けなければならなかった。
「そりゃ、仕事絡みの報告義務とかもありますけど。会話の全てにいちいち理由を持っている人なんていないんじゃないですか」
レーナは肯定も否定もしない。口を噤み、ただルカに話の続きを促している。
「見知った顔と同じ場所に居合わせれば挨拶なりなんなり一言くらい何となくで話す事もあるでしょう。少なくとも俺はシアさんでなくても……例えばアルノルドさんやエミリオさん達でもそうしますよ。必要以上に険悪な関係は築きたくないですから」
「じゃあ、空港の帰りは? 一度シアに声を掛けたでしょ」
「襲撃の時の話ですか? あれはもっと単純ですよ。人手が欲しかったからです」
襲撃時、車内にいたのはルカとレーナ、シア、アルノルドの四人だ。
アルノルドは運転に集中しなければならず、手にを迎え撃つルカに手を貸せる状況ではなかった。
そしてまさか護衛対象且つ戦闘面の技術を一切持たないレーナを銃弾の雨の中へ連れ出すわけにもいかない。
となればあの場で応援を求めることの出来る相手はシアしかいない。
その場にシアがいて、彼だけが自由に動くことが出来た。それだけのこと。
しかしレーナにとっては彼が何の躊躇いもなく下したその選択こそが腑に落ちない何かの大部分を担っていた。
「シアは話さないの。自分から動くことなんて殆どないし、周りに関心があるようにも見えない」
「見てればわかります」
「だったらどうして? だってシアがいてもお願いした通り動いてくれないかもしれないでしょ」
「なるほど」
ルカは納得した声を漏らす。だがそれはレーナの言葉に納得させられたからではない。
投げかけられた問いの意図が理解できたからだ。
(シアさんに対して他の人と変わらない接し方をしていることが引っ掛かっている、といったところか。単純に不必要な差別化をする程他者に興味がないからってだけなんだが……そんなことを言えば心象が悪くなるのは間違いない。どう答えたものか)
素直に話過ぎることは好ましくない。かといって不慣れな分野で嘘を重ねることにはボロの出やすさやバレた時のリスクが付いて回る。
「まず、直前までの動きやレーナ様の指示に素直に従った姿から、視覚や聴覚、そして主人の指示に従う程度の理性は残っている事がわかっていました。指示を聞き、動くことが出来る。そして求められた結果を出すだけの能力を持っている。シアさんは充分、協力を求めるに値する存在でした。……レーナ様」
結局ルカが提示したのは事実を基に展開された、レーナも納得出来るだろう説明。
そして最後の一押しにとルカはレーナの名を呼んだ。




