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Case5-3.『子供を手懐ける方法』

 日が沈み、館の周辺はすっかり暗くなる。

 昼食後もレーナの部屋の前で過ごしていたルカは夕食や入浴の時間となったレーナから離れ、調理室で自身の食事を受け取る。

 トレイに乗せた料理を自室へ運び、午前に読んでいた本とはまた別の本を捲りながら食事を済ます。

 そして読書の切りが付いたところでルカは空になった器を再び調理室へ戻す為に廊下へ出た。

 調理室へ向かって進む足。しかしそれは道中でふと止まる。

 ルカの視線の先、進路の途中。一つの扉の前でシアが立っていた。


(一人か)


 この一週間、シアが一人で館を歩いているところをルカは見たことがなかった。

 初日以降、顔を合わせることすらなかったわけだが、それは裏を返せば一日の殆どをレーナと過ごしているという事だろう。


「何してるんですか」


 何をするでもなくぼんやりと立っているシアへ近づきながらルカは声を掛ける。

 シアは距離を詰める相手を見る事すらせず、濁った目で虚空を眺め続ける。


(……あ。入浴中か)


 返答はなかった。しかし自分の足がシアの隣まで辿り着き、並ぶように壁へもたれかかったところでルカは自らが投げた問いの答えを導く。

 扉の先にあるのは脱衣所。そしてその更に先にあるのは浴室だ。

 二枚の扉を隔てた先からはシャワーの音が小さく漏れている。

 中にはレーナと、彼女の入浴を手伝う為にイザベラがいるのだろう。


 いくらレーナに懐かれているとはいえ、異性であるシアが入浴を共にすることは出来ない。故にシアは扉前で主人を待っているのだ。

 疑問が解消されルカは満足する。しかしそこでふと次の問題が頭を過る。


(……離れ辛い)


 訪れる沈黙が重い。しかし自分から話し掛けて隣に並んだにも拘らず三秒かその程度で立ち去るのはあまりにも心証が悪い。


(どうする? 特に話すこともないしな……普通に離れるか? どうせ何か話しても無視だろうしな……)


 相手の顔色を窺うように、ルカは視線だけをシアへ向ける。

 そこで彼は目を丸くした。

 いつの間にか黒い瞳がルカの視線の先にある。シアはその口を閉ざしたまま濁った目をルカへ向けていた。


「……なんですか」


 何か言いたいことがあるのかと問うようにルカが声を掛けるもシアは答えない。

 ただ至近距離から顔を覗き込むだけ。それにルカが感じていた気まずさが大きく膨らむ。

 互いに相手を見やるも、紡がれない言葉。暫くの間ルカとシアはどちらも口を開くことなく視線を交わしていた。


 しかし扉の奥で聞こえていたシャワーの音が途絶えたことでその時間も終わりを告げる。

 程なくしてやって来る浴室の扉が開く音。レーナとイザベラの声が聞こえる。

 後程髪を乾かしにいくというイザベラと、それに短く返事をするレーナ。

 衣擦れの音が続いたかと思えば、やがてゆっくりと足音が近づく。


「レーナ様、まだ髪の毛の水気が取れていませんよ」

「どうせすぐに乾かすもの」

(出てきたときに俺がいると機嫌を損ねそうだな)


 制止するイザベラの声を無視して、レーナは廊下へと続く扉へ向かう。

 その気配に気付いたルカは壁から背中を離してその場からの離脱を試みた。


 未だルカを見続けるシア。去り際にとシアを一瞥したルカの目が右目を隠した眼帯を捉える。

 初日、敵へ対抗する為の手段として変貌した姿はすっかり人としての姿を取り戻しており、空洞である右目も再び眼帯で隠されている。

 会釈をし、静かに立ち去ろうと考えていたルカは襲撃の件を思い出して思い留まる。


「……刺客を迎え撃った時のことですけど」


 ルカが車上へと上がり込み、スナイパーライフルを構えた時のこと。一足先にルカへ放たれた銃弾から守ったシアの能力。

 それを思い返しながら、ルカは光の失われている瞳を真っ直ぐ見据えた。


「援護ありがとうございました」


 濁った目がじっとルカを見つめる。相変わらず返事はなく、表情の一つもシアは動かさない。

 そんなシアの態度はルカの予想通りのものであったし、別にそれでも構わなかった。

 ルカが礼を述べたのは、借りを作ることを嫌う彼自身の性格の問題だ。


(あの借りはどこかの機会で返そう)


 礼を述べるだけで終わるつもりはない。完璧主義者のルカは自身に施されたものは同等の価値を持つもので返さなければ気が済まない質であった。

 ルカは静かに頭を下げる。そこで扉の奥で止まる気配に気付いた。


「失礼します」


 恐らくはレーナだろう。視線をシアから扉へと移したルカは自身の存在に気付いて廊下へ出られないレーナの事情を悟って今度こそその場から離れた。


 扉の奥、立ち止まっていたレーナは何かを考え込むように俯き、遠ざかる足音へと耳を傾けていた。

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