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Case5-1.『子供を手懐ける方法』

 館の裏庭。建物の壁に面した場所でしゃがみ込んだルカはポケットから煙草とを取り出す。

 慣れた手つきで煙草を一本出して口に咥え、煙草の箱と入れ替えるようにライターを出す。それに火を灯し、煙草の先へ近づければそれは煙と共に赤く彩られていった。

 ごちゃごちゃと考え込んでいた頭を休ませるように目を伏せて、ゆっくりと息を吸い込む。


「煙草は二十歳からですよ」


 煙を呑んで、一息吐こうとしたルカの死角から女性の声が掛かった。

 視線だけをそちらへ向けたルカの視界に映ったのはメイド服と長い三つ編みが二つ。


(殆ど気配がなかった)


 癖なのか意図的になのか、ルカには判別が出来ない。しかしどちらであっても相手に気付かれず距離を詰める事の出来る彼女の技術には目を見張るものがあった。

 イザベラはルカの隣に並び、柔らかく微笑む。


「日本ではね? ……貴方、確か十八でしょう」

「法がどうのだとか、俺達にとっては今更でしょう」


 ルカは素っ気ない態度でイザベラから視線を外す。

 深く息を吐けば白煙が浮かび上がり、空気に溶けて消えていく。


「まあそれもそうね。そもそも、偽装された戸籍のデータなんて、当てにもならないし。だから口煩く言うつもりはないけれど」


 そう言いながらイザベラは片手に持っていた煙草の箱から一本取り出した。

 どこか丁寧さを感じる動きでそれを口まで運ぶ。

 そこへライターが差し出された。


「ありがとう」


 視線を正面へ向けたまま、手に握られたままであったライターを傾けるルカへ、イザベラは礼を述べる。


 そしてまるでキスを強請るような色っぽさで、ライターへ顔を近づけた。

 口先の煙草がライターの上へ伸ばされたところで、ルカは火を灯す。


「レーナ様の前では吸わないで頂戴ね。教育にも、お体にも良くはないから」

「わかりました」


 火ついた煙草を指に挟み込みながら、イザベラはライターから顔を遠ざけた。

 そうして息を吸い込んでからルカの顔を覗き込む。


「それに……」


 ブラウンの瞳がルカを捉えたまま細められる。

 煙草を口から離し、煙を吐き出したイザベラは薄く笑った。


「貴方、年齢よりも若く見えるから余計にね。人前では避けた方がいいと思うわ」

「ご忠告ありがとうございます」


 揶揄うような顔を盗み見たルカは形だけの礼を述べる。

 そして再び煙草を咥え、その味を口の中で弄ぶ。

 初対面の時とは打って変わった愛想のない態度に対し、イザベラはおかしそうに声を漏らした。


「もう少し可愛げを出してくれてもいいのに。初日みたいに」

「あれは貴女が先に試すようなことをしたからでしょう」


 イザベラは肯定も否定もしない。ただ妖しさを滲ませた笑みを浮かべて煙草を味わうだけだ。

 ルカとしてもそれ以上特に話すことはなく、二人は並んだまま静かに煙草を吸った。


 やがて一足先にルカの煙草が尽き、それは携帯灰皿へしまい込まれる。

 そして背後の窓を横目で一瞥するとイザベラへ向き直る。


「失礼します」

「ええ。頑張ってね」


 ルカは会釈をし、イザベラに背を向けてその場を立ち去った。

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