Case3-5.『護衛対象との対立』
今まで表情に乏しく常に澄ました顔が理解できない、と目を剥く。
それを見たエミリオは喉の奥で笑った。ルカが困惑を顕わにしたことが愉快だったようだ。
「子供というのは理屈が通じず、時に矛盾を抱えることがある。それはわかるだろ?」
「はい」
「けど、それは大人の意見だ。子供にとっては違うんだよ」
エミリオは一拍の間を空けて、ルカが話に付いて来れているかを確認する。
しかし未だ理解に苦しむルカが難しい顔をしていることに気付くと、自分が言わんとしていることが理解できるようにとエミリオは更に詳しい説明を挟んだ。
「大人は理屈を好む。けど子供は感情を好む。自分が望むことは全部が正しいことだし、自分を傷つけることは須らく間違ったこと。そういう考え方だ」
「……滅茶苦茶じゃないですか」
「そう。だから矛盾してるんだ」
「なら、俺の言葉の何かがレーナ様にとっては自分を傷つけたと感じるものだったという事ですか」
今まで話を振り返り、ルカは自分なりに導いた解を提示する。
その問いかけにエミリオは満足げに頷いた。
「そう。明らかな矛盾だとしても、指摘された子は頷くことが出来ない時がある。寧ろ自分の正しさを否定された、傷つけられたと感じてしまう」
穏やかな天気につられてか、二人の進行方向に塀の上に腹をつけて寛ぐ猫の親子が現れる。
日向ぼっこを楽しむ二匹の猫。親が子の毛並みを整えるように毛繕いをし、子猫は心地よさそうに目を細める。
その存在に気付いたエミリオは足を止め、ポケットからスマートフォンを出してその姿を画面の中に写した。
「子供は大人の考えを理解できないからね。子供に寄り添いたいのであれば大人が子供を理解して、合わせてやるしかないんだ」
控えめなシャッター音。しかしそれに驚いた親猫が素早く体を起こすと子猫の首根っこを咥え、塀の奥へと去っていく。
それを残念そうに見送りながら、エミリオはルカへ向き直った。
「面倒だなって思ってるでしょ」
「……正直かなり」
「素直だなぁ!」
エミリオの説明を理解しても尚、ルカは眉根を寄せて難しい顔をし続ける。
反面、エミリオは子供の扱いに頭を悩ませる様を見て大きく笑った。
「まあ子供の抱える矛盾ってのは顕著で過激だから面倒を見るのが大変、ってのは確かに大きいけどね。でもそうやって達観してる大人だって少なからず矛盾してる生き物だとボクは思うよ」
笑い混じりにエミリオは言う。
スマートフォンをポケットにしまい込むと、彼は再び歩き出した。
「ボク達なんてわかりやすいでしょ。悪いことってわかりながらもお金の為、生きる為なんかを理由に法を犯す」
「なるほど」
感情に振り回される子供の矛盾とはまた違った話だが、一理ある。
歩き出したエミリオにつられて移動を再開しながらルカは頷いた。
「ボク達みたいな奴ではなくても、感情を優先してしまったり目的の為に正しさを放り出すことなんてしょっちゅうあるはずだ」
他者へまで気を遣う生き方をしてこなかったルカにとって、『感情を優先して正しさを放り出す』というエミリオの言葉の意味はよくわからない。
――感情に振り回される大人がいるのだとすれば、それは結局のところ子供と変わらないのでは。
そんなルカの疑問を見透かしたようにエミリオは肩を竦めた。
「結局のところ大人子供に関わらず、ボク達は皆、自分の中の正しさに従って動く。自分にとっての正しくないことは別の人の正しいことであるかもしれない。逆も然りだ」
色素の薄い瞳がルカを映した。
「ルカくんってさ、他人に興味ないって思ってるでしょ」
確信染みた口調でされた指摘。それは正しかった。
しかし敢えて否定するようなことでもなく、それが悪いことだとも思っていないルカは、ただ無言でエミリオを見つめ返すだけだった。
「キミは賢いけど、必要以上に関わらないから他者の考えを汲み取ることが得意じゃない。でもそれじゃあいつか仕事で行き詰ってしまう。レーナ様のことを抜きにしてもね」
「自分以外の人へ時間を割くことが、結局は自分のメリットになるということですか」
「そういう事。まあ良いことばかりとは言わないけど、少なくとも今回の仕事では求められていることだよ」
二人の前方に小学校が見えてくる。
エミリオは話し続けながら、あれが自分達の目的地であると顎で指し示して伝えた。
「他者の考えや感情を知れば、それだけ使える手札は増える。理屈だけで対処の出来ない相手の思考を先回りして対処することだってできるようになる」
丁度休み時間であるらしい小学校からは子供達の喧騒が聞こえる。
世界の裏側など考えたこともないだろう、平穏に包まれた子供達の平和ボケした笑い声。
自分とは無縁の賑やかさは妙な感じをルカへと与える。
「だから今回の任務の為だけに子供を知るってより、今後の任務を見据えた上でもう少し視野を広げてみる……他者を知ろうとしてみるのはどうかな」
「他者を……ですか」
初めて受けた助言は裏の世界で生きる者にはどうにも不釣り合いで、違和感が大きい。自分の頭に中々馴染まないエミリオの言葉をルカは反芻した。
「相手の言動に疑問を覚えた時、『何故』と頭の中で問いかけてみる。答えが見つかったら更に問いかける。『何故』、相手はあんな行動を取ったのか、それは怒っていたから。なら『何故』あんなに怒っているのか……みたいな感じで。」
急な提案を上手く呑み込めないルカを気遣ってか、エミリオは具体的な手段を提示してやる。
聞き手の耳へきちんと届くよう心掛けられた、ゆったりとした穏やかな口調。それがルカの鼓膜を擽った。
「そうやって問いかけてみて、自分なりに相手の考えを予想してみる。聞けそうであれば本人に聞いてみて答えを得るのが確実ではあるけどね」
エミリオが足を止める。それに倣って足を止めたところで、ルカの視界に小学校の正門が入り込む。
考え事をしている内に目的地へ到着していたようだ。
「まあこれも仕事の為と思って、頑張りたまえ!」
我に返ったルカを見て、エミリオは他人事のように笑った。
その時丁度、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。




