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Case3-3.『護衛対象との対立』

「別にシアさんの代わりになろうだとかは思ってません。ただ世話係も護衛も人手が合って困ることではないでしょう」


 館の関係者が組織の者達で固められている都合上、この館の広い面積に比べて使用人の数は明らかに少ない。人手不足である事は事実であった。

 ルカは自分がシアの立場を狙っている訳ではない事、ただ館の人手不足を補う為にやって来たのだと主張する。

 懸念していた事をはっきりと否定されたからだろう。レーナはルカの言葉を聞いて僅かに緊張を緩めた。


 レーナはまだ未熟な子供。いくら察しが良くとも表情と言葉で丁寧に取り繕われた嘘には気付けない。

 自分の言葉を信じたレーナの様子に内心安堵しながら、ルカは顔を上げる。


「だからシアさんの代わりとして認められないというのであれば、新しい使用人のルカとして接していただければと思います」


 美しく透き通った青色の瞳が真剣な面持ちのルカを映す。

 レーナは暫くの間、空いての言葉の真意を探るようにルカを観察するが、やがて小さく頷いた。


「……わかった」

「ありがとうございます」

「おお!」

「でも」


 頷くレーナとそれに頭を下げるルカ。

 二人のやり取りを見守っていたエミリオは驚きと安心から声を上げた。

 しかしその声に被せるように、すぐさまレーナが口を挟む。


「わたしの邪魔はしないで」

「邪魔、ですか。具体的には」


 提示された条件の詳細をルカは問う。

 レーナはシアの体から両腕を放し、代わりに彼の腕を自身の腕と絡めた。


「わたしはずっとシアと一緒にいるから。シアとわたしが離れるようなことはしないで」

「はぁ、そのくらいなら別に……」


 無理にレーナとシアを引き離そうとすればルカは今度こそ間違いなく拒絶されるだろう。事前に嫌われる要因を提示されることはルカとしてもありがたい。それに加え、レーナの条件を呑みさえすれば比較的穏便に関係を築くこともできそうだ。

 難しくはない要求を呑むことで自身の仕事の負担が減る。となれば頷かない理由はない。


 そう考え、頷きかけたルカはしかし、ふとその言葉を止めた。


(……待てよ)


 顎に手を当てて思案するルカ。

 それを見たレーナは何故返事をしないのかと気を悪くしたようで、再び顔を顰めた。

 しかしそれでもルカが頷くことは出来ない。とある問題に思い当たってしまったのだ。


「学校はどうするつもりですか?」

「行かないわ」


 あっさりと、ルカの聞きたくなかった言葉が返される。

 しかし答えた本人であるレーナは何を当たり前のことをとすました顔をしていた。


「わたしはシアがいればいいの。シアと離れないといけないくらいなら学校なんて行かない」


 凄まじい執着を目の当たりにし、呆気に取られたルカは助けを求めるようにエミリオを見やる。

 しかしその視線に気付いたエミリオは自分にもお手上げだと両腕を軽く上げた。

 その顔には既に手は尽くしたと訴えるような諦めの色が浮かんでいた。


「もうシアを一人にはしない。ずっと傍にいるんだから」


 自分の主張を曲げるものかと頑なな態度をレーナは取り続ける。

 再び宿る警戒心。ルカはそれを刺激しない選択を取らなければならない。


(強い言葉を使うのは逆効果だろう。あくまで彼女の味方だというスタンスを取らなければ)


 『学校に行け』、『行かない』という問答では永遠に埒が明かない。

 故にルカは別の方向から話題を振り、何とか説得しなければならない。


「レーナ様、お気持ちはわかりますが……。学校へ行くという事には様々な意義があります」


 可能な限り穏やかな声で、威圧的にならないように心掛けながらルカは言葉を選ぶ。

 しかしレーナは対話する意志が潰えたらしい。ルカの視線から逃れるようにシアの腕の中に顔を埋めてしまう。

 それでもルカは説得を続けた。


「教養だけの話ではありません。他者と関わる経験、社会を知るきっかけ、勉学以外の常識を正しい形で身に着ける。これはレーナ様の将来、必ず役立つものです」

「いらない。シアが何とかしてくれるもの」

(無茶苦茶だな……)


 シアの現状を見ればレーナの世話がままならないことは明らかであるし、流浪者の特徴を考えれば二人が共にいられる時間も長くないことなどわかり切っている。

 それらを抜きにしたとしても、全てを他者へ委ねて生きていくなど不可能だ。

 少し考えればわかること。それを自身の欲求のみで突き返すレーナの言動はルカの頭を悩ませた。


 理屈の通らない相手に手を焼きつつも、感情的にならないようにとルカは深く息を吸う。


「では聞きますが、それはシアさんの為を思っての判断ですか」


 レーナの登校を促していたというシアの過去。それが意味するのは、シアはレーナに学校へ行って欲しいと考えていたという事。

 それでも『一人にさせない』という理由でシアの傍に寄り添うことはその事実から目を逸らす行動に他ならない。


「シアさんはレーナ様に学校へ通うことを勧めていたんですよね。その事実をなかったことにしてまで傍にいてやるという考えが彼の為だと、レーナ様は言えますか」


 室内は酷く静かだ。ルカが呼吸の為に一拍間を空ければ、その余韻がやけに大きく響く。

 ルカは重い沈黙に怯むことなく、淡々と話す。


「よく考えてみてください。それこそ、シアさんのことを思うのであれば」


 レーナは理屈を突き付けられただけでは頷かない。であれば別の方向から足掛かりを探すしかない。

 自分の為だと言われてピンと来ないのであれば、当事者が入れ込んでいる人物の名前を出してみてはどうか。人の為にと言えば心が揺らぐかもしれない。

 そんな考えからルカはシアの存在に着目して話を展開する。


「それに、誰かと一緒に添い遂げることは現実問題難しい。シアさんは特に――」

「ルカくん」


 ルカの言葉に割って入ったのはエミリオの声。

 静かだがよく通る声に名を呼ばれ、ルカはそちらを見やる。

 ほんの一時、ルカの姿を映した茶色の瞳は視線の移動を促すようにレーナへと向けられた。

 ルカはそれに従い、レーナの様子を注意深く観察する。

 その場の誰もが口を閉ざした部屋の中。静寂に包まれた空間に、小さくすすり泣く声が響いた。

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