表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残響の少年  作者: Bûche de Noël
4/4

“諦観”を宿した者

その夜、彼は市場の裏路地にいた。


空き箱の隅に体を縮め、膝を抱えていたとき、

背後から、かすれた声が届いた。

酒と埃の匂いがした。


「……寒いのか。いや、名がないなら、寒さも“実感”じゃねえな。」


振り返ると、そこには腰を曲げた老人がいた。

長い髭に、剥げかけた革靴。

手には黒ずんだ“名札”を握っていた。


「お前、言葉はあるか?」


少年は首を横に振った。


「じゃあ、お前は“何にもなれない”な。」

老人は少しだけ笑って言った。


「この街には、名がなけりゃ存在できねぇ。

 だが俺の名も、もう終わりさ。

 記録しようって者もいない、残響も残らん。

 ……だから、お前にやる。」


少年は、言葉が出なかった。

ただ、老人の目を見ていた。

その瞳は、どこか――「すでに誰かを見失った者」のようだった。


「“アエル=ディ”……それが、わしの名だった。

 もはや、誰にも呼ばれない名だ。

 けれど、お前が持つなら――」


少年は、差し出された札を受け取った。

不思議なことに、触れた瞬間――


“音”が生まれた。


それは、胸の奥で聞いた声と違う。

はじめて“外の世界”から生まれた、自分の名の響きだった。


意味はまだ分からない。

価値も分からない。


けれどそれは、少年が初めて得た“音”だった。


「その名は、かつて“諦観”を宿した者の名だ。……空虚を歩くには、ちょうどいい。」

そういって老人は、路地裏奥深くに沈んでいった。


この名が、後の物語でどのような意味を持つか。

その音が、誰の記憶と重なるのか。

それは、少年自身が確かめることになるのだろう。


夜が明けるころ、彼は名を持っていた。

「アエル=ディ」彼の、始まりの名前。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ