マヨコーンは足が速い
ここでの生活が始まって早一ヶ月。幾度目かの命の危機である。選択を間違った自覚は確かにある。けど仕方がない。文字通り選択肢は限られているのだから。
追っ手からの距離は狭まる一方。米粒が落ちるのも気のせず必死で走るもどうやら逃げられそうにない。相手はマヨコーンおにぎり、梅干しおにぎりの俺が足の速さで敵う相手じゃない。だからと言って諦めるわけにはいかない。
ここから元の場所へ戻る確かな方法は分からないが、ゲームクリアに賭けるのは悪い判断じゃ無いはずなのだから。
ただ問題が一つ。今この瞬間、ゲームオーバーの危機に晒されている。
状況は最悪だ。生死を問わずに俺を欲しがる奴がいて、捕縛係は真実を何も知らない、奴の親友。現在爆速で俺を追跡しているのがそれである。厄介な奴はまだまだいるが、最悪たらしめる最もたるものはこの世界自体だ。
制作陣が徹夜明けにでも、あるいは飲み比べの後にでも決めた様なとち狂った悪ふざけの塊。もはや投げやりを感じさせる恋愛シミュレーションゲームの世界である。十数年前に販売されたこのゲーム、伝説とまで言われるほどのB級ギャルゲーである。
なぜだか、いや理由は知っているが、15にもならない甥っ子がこの悪名高い『私立にぎり飯学園~恋するあの子をオ・ト・セ☆~』にハマった。もはやそれが元凶とって良い。グッズの為だかなんだか、何度おにぎり消費に付き合わされたことか。いや、今ならわかるおにぎり消費で済んでいて幸いであったのだ。なにせ今、悪ふざけの塊、伝説のクソゲーの世界に俺は閉じ込められ、もはやおにぎり姿で命の危機を迎えているのだから。
甥っ子からかつて聞いたストーリーの唯一の情報は、全正規ルートで主人公梅田星が死亡することだ。数少ない帰還の希望は裏ルートを探してゲームクリアするくらいであろう。クリアの条件はゲーム副題のとおりヒロインを落とすこと。要は攻略する事らしい。もっともライフが0になれば生き返えりは不可能。ゲームオーバーとなれば現代社会に生きる山瀬翔太は消滅し得るだろう。
走り続けてはや5分、相当の米粒が落ちたせいか眩暈がする。大学受験で鍛え抜かれた記憶力を駆使して裏道を使いつくしたが、マヨコーンは持ち前の足の速さで僅か数歩のにまで迫っている。ついぞ『戦う』を選択した。マヨネーズなんて床に堕ちればただの油汚れだ。油汚れには酸と決まっている。梅干しなんぞさんざん古臭いと罵られてきたが、漬け置き抜かれた極上の酸味を味わえばいい。ヒロインの周回範囲からは程遠い、なおかつちりめん自警団のパトロール時間までまだ遠い。速さを抜けば、勝機はこちらにある。
思いつきとノリで書いています。続きを書きたいけれど忙しさ次第。