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2 後編

 

 翌日────

 昨日と同じく、アイリーンには他の令嬢達のレッスンを見学させ、その後で個人レッスンに移るクロード。


 始める前から背筋に汗が伝う自分とは反対に、にこにこ微笑む彼女にゾッとする。

 落ち着け……今日は色々と防具を用意してきたのだから。命を落とすことはないだろう。

 気持ちから強くあらねば、鼓膜が負けてしまう……よし!


 彼女の前へ立つと、威圧感たっぷりに見下ろした。


「……歪んだ声帯を叩き直してやる」

「はい♡」


 にこにこが、にやにやに変化する。

 大きな瞳はぐでっと垂れ、小ぶりな唇は耳の辺りまでだらっと裂けた。


「……なんだその締まりのない顔は」

「だって……さっきまでの優しい先生が、私の為に……私の為だけに、急に鬼講師に変わったんですもの。叩き直してやるだなんて……うへっ♡」


 せり上がる悪寒に、汗がどっと噴き出す。

 ……どうやら妖精の正体は化け物だったらしい。


 クロードはふらつきながら、ある棒をアイリーンの前に立てた。その先端には小さな壺のような物が付いており、彼女の口元に向けて高さと角度を微調整していく。


「これは何ですか?」

「お前の醜い声を吸収する装置だ。この壺に向かって歌え。出来るだけ周りに響かせるな」

「はい♡」


 素直なことだけが、唯一の救いだ……


 更に、彼女の前に特殊な形状の衝立を立てる。

 片耳に耳栓をすると、クロードは覚悟を決め、オルガンの椅子に座った。



 三十分後────

 彼はまだ生きていた。

 瀕死だが生きていた。


 昨日は僅か十分足らずで根を上げたのに、三十分も持ったのは、夜を徹して作った防具のおかげだろう。


「……今日は終わりだ」

「ありがとうございました♡」


『一音で百人殺せる』『悪魔の絶叫』『息継ぎさえ醜い』

 散々暴言を吐かれたにもかかわらず、アイリーンはへこたれるどころか……むしろ恍惚としていた。


 少しは声が真っ直ぐ出るようになった……か?

 ……なったと思いたい。

 こんなに辛い思いをしたのに、何の成果もないなどと考えたら狂ってしまう。


 クロードは立ち上がるが、足がおぼつかず、ふらりと床に座り込んだ。


「よかったらどうぞ」


 金にも見える薄茶の液体が入ったコップを差し出される。何だか分からないが、恐怖と緊張で喉がカラカラだった為、ひったくり一気に飲み干した。

 ……優しい甘味と、爽やかな香り。

 和らいだクロードの表情を見て、アイリーンは微笑む。


「蜂蜜レモンティーです。喉に良いので。もう一杯いかがですか?」


 黙って差し出されたコップに、アイリーンはなみなみと注ぎながら言う。

「先生のお声は本当に綺麗ですね。歌っている時だけでなく、話す時も。私、男性の声を綺麗だと思ったの初めてです」


 クロードはコップを受け取り一口飲むと、訝しげな顔で尋ねた。


「お前……俺の声を綺麗だと思うのか?」

「はい」

「では自分の声はどう聞こえている」


 美しい音を聴き取る力があるのに、何故自分の醜い音には気付かないのか。実に不思議だった。


「うーん……話す時と歌う時は、ちょっと声が違う気がします。話す時は少し高くて一定だけど、歌うと低くなってグラグラ揺れるというか」


 グラグラ……


「でもこれが音痴……じゃなくて、兵器だとは思いませんでした。気付けて良かったあ」


 少しの間の後、プッと吹き出したクロードを、アイリーンはぽかんと見つめる。


「……グラグラに気付いていたなら安心した。人を殺す前で、本当に良かったな」


 初めて見たクロードの笑みは、昔神話の挿絵で見た、美の神のような麗しさで。

 アイリーンは顔を赤らめながら、小声で「はい♡」とだけ答えた。



「……甘い物がお嫌いでなければ、こちらもどうぞ」


 白い手が抱く箱の中には、色も形もとりどりの美しいクッキーが入っている。見かけによらず甘党のクロードは、ごくりと喉を鳴らす。

 赤い何かが中心にある花を一枚つまみ、さくりと噛めば、サファイア色の瞳が一層和らいだ。


「いかがですか? 木苺のジャムを入れたんです」

「……美味しいな」

「良かったあ! 私、もう23にもなるのに、お菓子作りくらいしか取り柄がなくて」


 23……その年齢に、クロードは驚く。

 目が大きく童顔であることから、まだ17、8くらいだと勝手に思っていたからだ。

 我が国では、女性の結婚適齢期は大体17~20歳。この愛らしい容姿で、まだ未婚だとは。……歌いさえしなければ、引く手あまたな筈なのに。


「私、人に褒められると、お世辞かなとか何か下心があるのかなとか……疑ってしまって、素直に受け取れないんです。でも先生は正直な方なので、本当に褒めてくださってるんだって、安心出来ます。不味ければ、きっと不味いと仰ってくださるでしょう?」

「まあ……そうだな」


 数年間、恋人の手料理が引き金で別れたことを思い出し、苦笑する。


「……まだ結婚はしないのか?」


 ストレートに飛び出してしまった質問。

 適齢期を過ぎた女性にとって、大変失礼であるにも拘わらず、アイリーンは明るい顔でにこにこと答えてくれた。


「はい。結婚願望はそれなりにありますし、機会に恵まれなかった訳ではないのですけれど……。これまでにも、素敵な男性を沢山紹介していただいて、中には私との結婚を望んでくださった方もおられました。ですが、一生を添い遂げる自信が持てず、お断りしてしまったのです」


 自分と同じく、性格や相性の問題か?

 だが彼女は、非常に素直だし気も利く。

 まあ、普通の感覚とは若干違うというか、変態じみた気味の悪さも感じないではないが。自分の言葉を真っ直ぐ受け止めて、真っ直ぐに投げ返してくれるのは心地が好かった。


 彼女のような女性となら、きっと呼吸いきをするように自然体で、幸せな家庭が築けるだろうに。

 ……歌いさえしなければ。


「男性の気持ちも疑ってしまうんです。……私の父は、優しい顔で母に愛していると言いながら、平然と外で愛人をつくっていましたから。娘の私にも、たった一人の大切な娘などと言いながら、愛人との間に別の娘を儲け溺愛していました。仕事で忙しいとプレゼントだけ贈られた誕生日の夜、父は別の家族と旅行を楽しんでいたのです」


 哀しんでいるでも怒った風でもなく、淡々と話す彼女に息を呑む。

 舌の裏に残ったクッキーの欠片が、酸味だけを強調しながら、ざらりと喉の奥へ落ちていった。


「そうか……それは器用な父親だな」


 思ったままを口にしてしまった。

 ……言うべきはきっとこの言葉ではなかったが、もう呑み込めない。


 アイリーンは大きな瞳をパチパチ瞬くと、ふふっと笑い、微妙な顔をするクロードへ言った。


「本当に! 器用ですね。家庭を一つ持つだけでも大変なのに。愛も世間体も、どっちも失いたくなくて頑張ったのかな。……そう考えると、少し可愛く思えてきますね」

「道化師みたいなもんだな」

「……道化師! そうですね。今は白髪交じりの、可愛い道化師です」


 二人は目を合わせ、悪戯っぽい笑みを交わした。


「ああ、先生はいいなあ。真っ直ぐに返してくださるから、お話していてとても心地好いです。あっ、このチョコミントのクッキー、味を見ていただけますか? 初めて作ったので」


 彼女が自分と同じ心地好さを感じてくれていることを知り、クロードは嬉しくなる。

 弾む指で、チョコレートチップ入りの四角をつまみ、口に入れた。


「……でも私、もうすぐ結婚出来るかもしれないんです。祖母の家に来た時に、よく遊んでいた幼なじみとお付き合いすることになりまして。それでこちらへ越して来たんです。気心も知れているし、今回は上手くいく気がするわ」


 爽やかだったミントが、ただ苦味だけを残し、喉へ落ちていく。


「お味、いかがですか?」

「……少しミントが強い」

「やっぱりそうですか。甘味と清涼感のバランスが、なかなか難しくて。チョコレートの種類を替えて、また試してみます」

「……ご馳走さま」


 口の中にはもう何も残っていないのに、クロードは舌で、いつまでもその苦味を探り続けていた。






 その夜、クロードはベッドの上で、何度も寝返りを打つ。

 殺戮兵器の余韻よりも、幼なじみと結婚するという鈴のの方が鼓膜に強く残り、なかなか寝付けずにいたからだ。


 出逢ってまだ二日目だと言うのに……

 こんな気持ちは初めてだった。


 最初は彼女の愛らしい容姿や雰囲気に惹かれた。歌声に衝撃を受けるも無事に生還し、今はその内面に惹かれていた。

(変態性や不気味さは……まあ、許容範囲内だ)


 きっと、すこぶる相性が良いのだと思う。

 カレンダーの空白とこの招待が重なったのも、彼女に出逢う為だったのかもしれない。


 思わぬ流れで聞いてしまった複雑な家庭の事情。自分の率直な性格に好意を抱いてくれた理由も、彼女の笑顔に隠された孤独も知った。


 幸せにしてやりたい……


 チョコチップの甘さに、一瞬そんなことも考えてしまったけれど。

 自分がそんなことを考えなくても、彼女は良い相手と結婚をするらしい。


 歯も磨いたというのに、またミントの苦味が甦り、クロードは布団を頭から被った。


 思い出せ……鈴ではなく、あの殺戮兵器を。

 もし結婚などしたら、防具なしにうっかりあの歌声を聞いてしまうかもしれない。

 鼓膜が破れて、音楽講師生命を絶たれたらどうする? 寿命が縮まったらどうする?

 いくら相性が良くても、どのみち彼女とは結婚は無理だ。


 そう自分に言い聞かせながら、固く目を閉じた。






 翌日も、またその次の日も、個人レッスンは続いた。

 毎回瀕死状態には陥るものの、彼女の美味しい手作り菓子と、楽しい会話で回復する。

 日を重ねるごとに、クロードの胸はキュウと締めつけられ、愛らしい瞳を直視することが出来なくなっていた。



 五日目になると、彼女の歌をコーラスで悪目立ちしないレベルに仕上げることは無謀だと確信する。

(本当は最初から解っていたが)

 元宰相の身の安全の為にも、彼女は今回のコーラスには参加せず、指揮をすることになった。他の令嬢達もホッとしたようで、中にはこっそり涙を拭う者さえ居た。


 そしてこの日、一人の令嬢から、ある招待を受けた。明日の夜、この令嬢の屋敷で夜会を行う為、レッスンの礼に是非参加して欲しいと。近所の住人や、コーラスを教えた令嬢達全員……もちろんアイリーンも来る。

 本当はあまり気が進まなかった。彼女との別れが、余計に辛くなるだろうから……。だが礼と言われて断るような無作法も出来ず、結局招待を受けてしまった。






 六日目の夜、案内された屋敷の広間には、美しい花や温かなテーブルが並んでいる。

 いつもより華やかに着飾った令嬢達、そしてその家族らにクロードは歓迎され、中心へと招かれた。


 順に挨拶を交わしながら、失礼にならない程度に視線を動かした先に……彼女が居た。


 美しい金髪を、高い位置で一つに結い上げ、瞳と同じアメジスト色のふんわりしたドレスを纏っている。夜会にしては露出の多くない清楚なデザインだが、それでもいつもの服よりは、デコルテラインや腕の白い肌が目映く輝いていた。


 まさに妖精だ……


 見惚れていた時、彼女の隣にスッと見知らぬ青年が立った。一度見ただけでは二度と思い出せなそうな特徴のない顔だが、眼鏡の奥の細い瞳だけは、彼女への好意に溢れている。彼女も、あの愛らしい笑みを彼へ向けており、一瞬で彼が“良い相手”なのだと理解した。


「……先生!」


 彼と腕を組んだ彼女が、挨拶へやって来る。

 幼なじみだと紹介され、それは確信へと変わった。



 ……後はもう、心ここに在らずだ。

 他の令嬢達にどんなに話し掛けられても、いつもなら粗が気になる楽団の演奏も、鼓膜から鼓膜へと抜けていく。

 目はぼんやりと一点を見つめ、逸らしたいのに逸らせない。


 いつの間にか演奏が鳴り止み、令嬢達が広間の階段に並び始めた。アイリーンもそちらへ向かうが、一緒には並ばず、階段の脇に一人立つ。


「いよいよ来月、我が町に移住される元宰相殿の歓迎会にて、ここに並ぶ華やかな令嬢達がコーラスを披露致します。それに際して、サニー夫人のご友人のご子息、クロード・キャンベル講師より、特別に歌唱指導を行っていただきました。先生と、今宵お集まりいただいた皆様へ、令嬢達より感謝を込めて、町歌をお届け致します」


 沸き起こる拍手に、自分も広間へ向けて礼をし、彼女達の前へ立った。


 指揮棒をかざすサニー夫人と、歌う体勢を整える令嬢達。

 列にも並ばず、指揮もしないなら、一体何をするのだろう……とアイリーンを見れば、微笑んではいるものの、やや顔が曇っている。他の令嬢達の顔も同じく……気のせいだろうか。


 少し……いや、かなり嫌な予感がする。

 前奏が終わり、ぐっと鼓膜に力を入れた。


『♪ おかーにそよーぐみどりのかぜよー』


 清らかな令嬢達の歌声に、身体から力が抜ける。


 そうだよな……あれだけ殺戮兵器だと言われ続けたんだ。さすがに人前では歌わないだろう。さっきのあの表情は、ただ緊張していただけか。……とにかく今回は見学するようで良かった。


 順調に二番まで歌い終わり、この後は令嬢達の中で一番歌の上手い、ミモザ嬢のソロパートだ。

 安心して耳を傾けようとしたが、クロードはあることに気付く。


 ミモザ嬢が……居ない?


 次の瞬間……

 感動に包まれていた広間に、戦慄が走った。


『♪ わだしのながの~ぶぁがいぢがぁ~どこがのづぢに~がえっでも~だがれべぐりでだどりづぐ~なづがしいさどへ~』



 ……時間にして約24秒。永遠に感じられた24秒。

 16小節の悪夢が、やっと終わった。


 耳栓も防具もなしに、目の前でまともに浴びてしまったクロードのダメージは凄まじかった。うっと嘔吐くも、何とか口を押さえ堪える。足がガクガク震え倒れそうになるも、指揮者のサニー夫人が先に倒れ掛かって来た為、それを受け止めるのに必死だった。


 弱々しい伴奏の音だけが響く広間。

 クロードは朦朧とした意識の中、勝手に動く身体に自分を委ねる。サニー夫人を隣の男性に任せると、床に落ちた指揮棒を拾い、青ざめた顔の令嬢達へ向けて振り下ろした。



 何とかラストまで歌い切った令嬢達は、弱々しい拍手の中、ふらふらと階段を後にする。

 しんと静まった広間をとりなすように、クロードはそのまま楽団の元へ行き、自ら指揮棒を振るう。明るいワルツの調べに包まれると、人々は徐々に和やかな雰囲気を取り戻した。


 やっと指揮棒を置き、シャンパンを呷るクロード。放心状態でソファーの背に凭れていると、バルコニーへ出て行くアイリーンとその幼なじみの姿が視界の隅に映った。


 あの歌を聴いて、あの男はどんな態度を取るのか……気になって仕方がない。

 盗み聞きなどいけないことだと分かっているのに。どうしても衝動が抑えきれず、クロードは二人へ近付き、カーテンの陰に身を潜めた。



「……私の歌、どうでしたか? 酷かったでしょう?」

「うーん……確かに上手くはないけど、一生懸命で可愛かったよ。僕には天使の歌声に聴こえた」

「上手くはないのね?」

「うん……ごめん」

「いいんです。正直に言ってくれて、ありがとう」


 この人なら信じられるかも……

 アイリーンは彼の手を取ろうと、華奢な手を伸ばした。


「何が天使だ」


 突如響いた冷たい美声に、ピクリと震える。

 月明かりが照らすバルコニーに、長い影と共に踊り出たのはクロードだった。


「悪魔の絶叫の間違いだろう。どんなに好きだろうが、愛していようが、普通はこんな殺戮兵器レベルの歌声に耐えられる訳がない。耐えられるとしたら、お前も鼓膜か脳みそのどっちかがイカれている。もしくは……その場かぎりの易しい嘘を吐いているか」


 サファイア色の鋭い視線を向けられた男性は、気まずい顔で眼鏡を直した。


「こいつの歌声は救いようがない。半端なヤツには治せない。それが出来るのは、本音で愛せる俺だけだ。アイリーン嬢……お前が望むなら、一生傍でレッスンしてやるよ。この命を懸けて。どうだ? 付いて来る自信はあるか?」


 アイリーンの鼻腔はみるみる膨らみ、ドレスアップ姿も台無しの、荒い鼻息が一気に吹き出した。

 真っ赤な顔で、盛大に鈴を鳴らす。


「……はい!! 一生ビシビシしてください♡」


 ふがふがにやにやと興奮する妖精……天使…………化け物に、男性は気配を消しながら、そろそろと去って行った。


 うへへっ♡ と不気味な口元さえも可愛く見えるのは、きっとこの甘ったるいワルツのテンポのせいだ。


「よし。まずはここから、歪みの原因を探ってやる」


 触れ合った金と銀の睫毛が、月明かりにキラキラと溶けていった。




 ────彼女に訊いた所、事の経緯はこういうことだった。

 貧血で歌えなくなったミモザ嬢が、アイリーンに急遽ソロパートの代役を頼んだ。

 兵器レベルだからと断ったが、リーダー格のミモザ嬢の必死の懇願に、アイリーンも他の令嬢達も何も言えなくなってしまったと。


 彼女の歌声を知りながら、何故そんなことを頼んだか……その疑問は、アイリーンと共に広間に戻ってすぐに分かった。


 アイリーンと離れたばかりの幼なじみの男性に、早速親しげに寄り添うミモザ嬢。

 きっと彼にアイリーンの歌声を聴かせ、幻滅させたかったのだろう。恋心故の幼稚な行為だが、クロードはミモザ嬢に感謝していた。


 あの歌声のおかげで、隠し持っていた潜在的な防具が、全て壊れてくれたのだから。

 本当に真っ直ぐ、彼女と向き合うことが出来たのだから。





 ◇


 三年後、月明かりが差し込む子供部屋で、小さな胸を優しく叩くアイリーン。

 自然と口ずさんでいた子守唄に、眠りかけていた子供が顔をしかめるも、本人はうっとりと目を閉じている為気付かない。

 突如ふがっと口を塞がれ目を開ける。この匂い……この温度……振り返らずとも、愛する夫の手はすぐに分かる。


「こら、子供が音痴になるから止めろ。でも……ベッドの上なら思いきり歌ってもいい。二人きり……たっぷりレッスンしてやるよ」


 耳元で囁かれる美声に、うへうへと悶える妻。

 美しい子守唄で子供が夢の世界へ入ったのを確認すると、クロードは妻を抱き上げ寝室へ向かった。



 あれから彼女の歌声は、少しはマシになった……と思う。自分に耐性が出来ただけかもしれないが、少なくとも殺戮兵器レベルではなくなった。

 変わらずビシビシと指導してはいるが、たまに可愛いとすら思ってしまうことは秘密だ。



 ────だって、その方が好きなんだろ?


ありがとうございました。

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愛されない王妃も読みましたが、やーすごいですね。書き方によってここまで変わるんだと驚きました。こういうコメディタッチの情景描写の少ない書き方も読みやすくて好きですが、愛されない王妃も自然と頭の中に絵が…
[良い点] 厳しい一流音楽講師のクロードが、アイリーンに逢った時に一目惚れする場面がとても印象的で、そこからの展開も凄く面白かったです。 素直で明るいアイリーンと、なかなか真っ直ぐに彼女に向き合えな…
[良い点]  アイリちゃんの殺戮兵器から身を守るために、いろいろと手作りをしていたクロードを想像すると……ちょっと笑ってしまいますが可愛いらしいです。    歯に衣着せぬクロードに惹かれたのは、アイリ…
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