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寺生まれってすごい~ひとりかくれんぼで大変な目にあったところを寺生まれに助けてもらった時のお話~

作者: 日向 葵

 それは民俗学のレポート提出を言い渡されてから四日後のことだった。13日の金曜日という何かが起こりそうな予感のするこの日に私はひとりかくれんぼを行なうことにしたのだ。

 それもこれもひとりかくれんぼの実体験結果をレポートにまとめて民俗学の授業で提出するため。自分で言うのもなんだが、私はオカルトが好きでよく廃墟や心霊スポットに行くような、ちょっと変わった子だった。大学で民俗学を受講しているのも怪談や伝承、逸話についてもっと深く学びたいと思ってのこと。でも先生はオカルト的分野についてはかなり否定的だったので、このレポートでオカルトに寛容になってもらおうと思ったのがきっかけだ。


 でも、これが間違いの始まりだった。


 夜23時。

 曾お祖母ちゃんの家から送ってもらった1938年もののブラウン管テレビを設置して砂嵐の画面を映した。ひとりかくれんぼを行なおうとしたが現代のデジタルテレビでは砂嵐の画面を映すことができなくて非常に困ったことになった。たまたま動く1938年もののブラウン管テレビを借りる事ができたからこそ今目の前に映っているのだが、正直古すぎて設置にとても戸惑った。

 まあこれでひとりかくれんぼに必要な物は一通り揃えた。


 私は準備してあったぬいぐるみの腹を裂いて米を詰めた。その後ナイフで指先を切って血を垂らす。かなり危険だが先生にオカルトを認めさせる為と一番危険な手順で行なうことにする。その後縫い針と赤い糸で裂いた部分を縫って準備完了だ。

 縫い終わって一息つく。テレビから聞こえるざぁっというノイズ音が妙な不気味さを漂わせる。縫い終わったぬいぐるみはなぜかじっとこちらを見ているように見えてちょっと怖かった。台所からぴちゃりと水が落ちる音がしたときは心臓が飛び出るかと思うほど驚いたが、ここまで来たのだ。後には引き返せない。

 私はぬいぐるみを真っすぐ見つめる。


「最初は(つむぎ)が鬼だから。最初は(つむぎ)が鬼だから。最初は(つむぎ)が鬼だから」


 そう唱えた後、私はぬいぐるみを持って浴室に向かった。既に水を張っていた浴槽にぬいぐるみを投げ入れる。水を吸ってゆっくりと沈んでいくように見えるぬいぐるみが酷く不気味に見えた。

 電気を付けていなかったせいもあり、恐怖心が私の鼓動を早くさせる。不意に見てしまった鏡に「ひぃ」と声をあげながら私はリビングに戻り、他の全ての明かりを消した。テレビつけっぱなしにしていたけど、これって一回消した方がいいんだっけ? よく分からないのでとりあえず一度消して再びつける。砂嵐の画面のざざざぁという音が静かな部屋によく響く。その場に座って目を瞑り、ゆっくりと10秒数えた。


 数え終わった後、私は台所に向かって包丁を取り出す。そしてゆっくりと浴室に向かった。真っ暗な中で覗く鏡の不気味さに泣きそうになりながら、水を吸ってべちょべちょになったぬいぐるみを見下ろした。

 あ、ぬいぐるみの名前付けるの忘れてた。まあ、適当でいいだろう。今回使ったのは以前通販で購入したぬいぐるみみたいなブードゥー人形だし……。


「ブーちゃんみーつけた」


 そう言って私はぬいぐるみの真ん中を包丁で刺した。


「次はブーちゃんが鬼っ!」


 そう言って私はあらかじめ塩水を用意して置いといた寝室のクローゼットの中に隠れた。さて、この後何が起こるのだろうか。本物の幽霊とかみれるかもと思うと少しだけ興奮する。

 ちょっとだけ楽しくなってきたところで…………なぜか私は寝落ちした。



 ◆◇◆◇◆◇



「んぅ~ん」


 身体が痛くなって目を覚ます。どうやら座りながら寝てしまったらしい。凝った体を少しほぐしながらスマホを取り出して時間を確認する。

 表示された時間は2時8分。丑三つ時という事実に体を強張らせながらどうしてクローゼットの中で寝ていたのかを思い出す。

 そうだ、私はひとりかくれんぼをやっていて、寝落ちして…………やば、まだ終わってない!

 ネットの情報には必ず2時間以内に終わらせることと記載があった。私がひとりかくれんぼを始めたのが23時だから既に3時間も経っている。しかも現在時刻が丑三つ時という一番やばい時間だ。クローゼットの外から嫌な気配を感じる。

 早くひとりかくれんぼを終わらせなきゃ。


 私は急いで準備していた塩水を口に含むべくコップを手に取った。そこで気が付いてしまった。クロゼットの隙間から何ものかがじっとこちらを見ていることに。


「ひぃ」


 私は思わず声を漏らす。叫ばないようにと咄嗟に口を抑えた。この行動が更に悪い方向に進んでしまう。


 ぱしゃんと音をたてて、塩水が飛び散った。恐怖に負けて私は持っていたコップを落としてしまったのだ。

 それにまだ黒い目のような何かがじっとクローゼットの中を見ているように思えて、身体を震わせる。外の情報をシャットアウトするように体育据わりで蹲った。

 どうしようどうしようどうしよう。このままじゃ終われない。私一体どうなっちゃうの。

 塩水はないけど、このまま出てなかったことにする? ひとりかくれんぼは気のせいだったことにすれば……。さっきからテレビが付いたり消えたりしているみたい。それに、水のしたたる音と、べちゃりべちゃりと何かが這いずり回るような音が聞こえる。それに、まだじっと見られているような気配を感じてどうしようもないほどの恐怖を感じて息が荒くなってきた。


 今この場所を出る勇気はない。怖くてもう動けない。だったらそう、朝まで待てばいい。明るくなったらこの現象も収まるに違いない。


「大丈夫、明るくなれば……」


 そう呟きながらそっと顔を上げた。そして目に映ったのは少し開いたクローゼットの扉。

 あれ、私開けたっけ?


 ゆっくりと視線が外に向かう。そして、そいつと私の目が合った。それは黒く、全てを飲み込んでしまうかのように深い色をしていた。焦点の合わない漆黒の瞳が私を覗いている。そして口が避けるかのようににぃっと笑い、ゆっくりと呟いた。


「みぃーつけた」


 その何かに私は足を掴まれて引き摺られるようにクローゼットの外に出された。

 こんなこと、ネットのどこにも書いてなかった。こんなことになるなんて知らなかった。


 黒い靄のような覆われた得体のしれない何かが私に覆いかぶさるようにして、手を首に伸ばしてくる。徐々に強くなる力に呼吸ができず、苦しさを感じる。黒い何かがじっと私を見ていた。視線を外さず、ずっと、ずっと、ずっと。ニタリと笑い、そして、なぜかここにあるぬいぐるみを刺した包丁がゆっくりと私のお腹を撫でる。


「あがああぁういうああああ」


 声を出そうにも首がしまって上手く叫べない。苦しくて、そして怖くて、涙が止まらない。誰か助けて。そう思った時に、目の前の黒い何かの正体に気が付いた。


 私だ……。


 ドッペルゲンガーのように瓜二つな姿。だけど正気と思えないハイライトのない死んだような目をしており、口元だけがにたにたと笑っていた。全てを吸い込んでしまいそうな黒い瞳が、だんだん綺麗に思えてきて、気が付けば私も笑っていた。怖いはずなのににたにたが止まらなくて、お腹近くにある包丁に少しずつ力が込められているのに、凶器が私を満たしていき、高揚に頬を染めながらじっと黒い何かを覗いた。


 自分自身がおかしくなっているのか。それとも今の状況が正常なのか。もう何がなんだか自分でも分からなくなって。寝起きの時のように眠気にたゆたうようなぼーっとした頭でただ全てに身を任せていた、その時だった。


 突如ベランダのドアが開いて一人の男が入ってくる。その男が黒い私に手を掲げて「破ァァァアァァアアアアアア」と叫ぶと、手の平から謎の光が放たれる。その光に当てられた黒い私は浄化されたかのように消えていなくなった。

 その場に残されたのは、私を刺そうとしていた包丁と、ひとりかくれんぼに使ったべちょべちょのブードゥー人形だった。

 男はそっとぬいぐるみを拾って再びぬいぐるみに手をかざす。そして「破ァァァアアアアア」と叫ぶとぬいぐるみから何かが取り払われたように見えた。

 私はゆっくりと身体を起こす。少しははだけてしまった服を整えて、ゆっくりと男の方を向いた。


「えっと……」


「君、ひとりかくれんぼしていたでしょう。もうこんな危険なことはやっちゃだめだよ」


「はい、えっと、それで……あなたは?」


「大丈夫。こう見えて俺、寺生まれなんだ。このぬいぐるみはこっちでなんとかしておくよ。それじゃあ」


 そう言い残して男はベランダから去っていった。


「ここ、4階なんだけど……」


 気が付けば先ほどまでの異常事態が嘘のように落ち着いていた。部屋の中の不気味な気配も全て取り払われ、妙な安心感さえ感じられる。

 疲れ切った私はその場で寝てしまい、気が付けば朝になっていた。


 この出来事を改めて思い出す。

 やっぱり寺生まれってすごいね。

余談だが、提出したレポートは不可判定で再提出をもらった。そして生暖かい目で、そんな夢を見たんだねと哀れみの言葉を頂戴し、その男が現れたのが本当のことなら不審者かもしれないので警察に相談することをお勧めするよと言われてしまった。

解せぬ……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 寺生まれの凄さが良く伝わりました。 [一言] 寺生まれってやっぱ凄いですね!
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